『それは、大人の事情。』【完】

そしてハウエルさんは、幼い我が子と引き離され過ごした辛い日々を切々と語りだしたんだ。


実は、ハウエルさんは離婚しても蓮のお母さんが忘れられず、一度だけ、あの港町に行った事があったらしい。でも、その時にはもう既にお母さんは亡くなっていた。


もっと早く来るべきだったと後悔し、自分を責めたハウエルさんは、せめて息子だけは自分の手で幸せにしてやりたいと思い、蓮を引き取りたいと蓮のおばあさんにお願いしたが、会わてはもらえなかった。


家を追い出され、途方に暮れていた彼は、お母さんとの思い出の海岸で何時間も海を眺めていた。すると、一人の少年が少し離れた波打ち際で貝殻を拾っているのに気付く。


少しウェーブがかかったダークブラウンの髪に、薄いブルーの瞳―――その子を見て、一目で自分の息子だと確信した。


だから声を掛けようとした。そして、このまま蓮を連れ去ろうとも思った。でも、出来なかった。こっそり蓮の写真を撮り、その場を去ったのだと……


「どうしてですか? なぜ声を掛けなかったんですか?」


私の問に、ハウエルさんは悲しそうな顔で微笑み「怖かったのかもしれない」そう答えたんだ。


「一度は引き取ろうと決めたのに、いざ息子を目の前にしたら怖くなったんです。息子に拒否されたらどうしようって。そう思ったら声を掛けられなかった。私は傷付く事が怖くて逃げ出したんです。

でも、今は違う。どんなに恨まれていても逃げないと決めました。息子を愛しているから……」


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