『それは、大人の事情。』【完】
―――九月十四日
結婚式を二週間後に控え、有給消化の為、実質、今日で八年間勤めた会社を寿退社した。出社最後の日という事で、同じ部の人達が送別会を開いてくれたが、そこにもう一人の主役、真司さんの姿はなかった。
彼は今日も絵美さんの所へ行っている。だから私も二次会を断り、早々とマンションに帰って来たんだけど、いつもは十時過ぎに帰って来る真司さんが、十一時になっても帰って来ない。
どうしたんだろう。真司さん遅いなぁ……相談したい事があるのに……
ソワソワしながら待っていたら日付が変わる直前に玄関のドアが開いた。迎えに出ると、疲れ切った表情の真司さんがネクタイを緩め廊下をゆっくり歩いてくる。
「お帰りなさい。遅かったね。お風呂は?」
意識して明るく声を掛けたが、彼は私から目を逸らしリビングに入って行く。
「あのね、結婚式の事だけど、式場の担当者から電話があって、そろそろ席順を決めて欲しいって。私の方はもう決まってるけど、真司さんの親族の方は私じゃ分からないから……それと……」
「梢恵……」
まだ話しが終わらない内に、真司さんが私の言葉を遮る。
「大切な話しがあるんだ。座ってくれ」
彼のその一言で、一瞬にしてリビングに不穏な空気が流れる。
もしかして、専務に何か言われたんじゃ……と思い、不安で一杯の目で真司さんを見上げると、彼は緩めたネクタイを解き、それを床に投げ捨てた。
そしていきなり覆い被さる様に私を抱き締めてきたんだ……
「真司……さん? どうしたの?」