『それは、大人の事情。』【完】

絵美さんは、どんな形でもいい。真司さんに自分を見て欲しかったと泣いていたそうだ。自分に男の影を感じたら気に掛けてくれるんじゃないかと思うほど、彼女は追い詰められていた。


「でも俺は、そんな事全く気付かず、業を煮やした絵美の口から浮気の事実を知らされるまで分からなかったんだ。絵美は叱って欲しかったって言ってたよ」


そして絵美さんは、最後の賭けのつもりで離婚を切り出した。しかし、真司さんは冷静にそれを受け入れ絵美さんの元を去って行った。


「絵美から離婚してくれと言われた時、俺は正直ホッとした。これで社内の嫉妬ややっかみから解放される。自由になれる。そう思ったんだ。

離婚した後は充実していたよ。気負う事なく仕事が出来たし、結婚していた時より成績が上がった。だから俺は、絵美の事を本当は好きじゃなかったのかもしれないって思っていた。

でもな、ここ数日、毎日絵美と会い一緒に飯を食って、他愛のない話しをしていて思ったんだ。これが俺が求めていた幸せだったのかもしれないと。俺は自分から幸せになることを拒否していたのかもしれない」


真司さんの中で、ずっと葛藤があったんだね。だから私が聞いても、今まで何も話してくれなかったんだ……


「そして、こうも思った。俺が去った後、絵美はどうなるだろうって。また酒に溺れ笑顔を失うのか……そうなれば、沙織は……あの子には、もう辛い思いをさせたくない」


あ……そうか……「それが、一番の理由?」


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