『それは、大人の事情。』【完】

「……かもしれないな。義母が言ってたよ。俺の所から戻った沙織は、ほとんど笑う事がなかったと。ずっと引きつった顔をして、絵美の傍を離れなかったって」


父親だものね。真司さんは、沙織ちゃんのたった一人の父親だから……沙織ちゃんを不幸にするワケにはいかないよね。私だって、沙織ちゃんから笑顔を奪ってまで幸せになりたいなんて思わない。


でも……「私、また独りぼっちになっちゃうんだ」


そう言ったのと同時に一筋の涙が頬を伝い真司さんの首筋に零れ落ちた。


「梢恵……」

「絵美さんや沙織ちゃんを想う真司さんは気持ちは理解出来る。でも、私は……私だって真司さんと別れたら寂しくてどうにかなっちゃうよ」


真司さんのスーツの上着をギュッと握り締め声を上げて泣いた。「別れたくない。離れたくない」と彼にしがみ付き泣きじゃくった。


やっと幸せになれると思ったのに、どうして私はいつもこうなの? 私は愛されちゃいけない女なの?


「ねぇ、真司さん、お願い。どこにも行かないで……私を一人にしないで」


涙でクシャクシャになった顔で必死に訴えると、彼は私の頭を撫で、穏やかな口調で言った。


「―――大丈夫だ。梢恵は一人じゃない」


真司さん、何言ってるの? あなたが居なくなったら私はまた一人になっちゃうんだよ。


「全然、大丈夫じゃない。いったい私に誰が居るって言うの?」


そう声を荒げたが、彼の表情は変わらない。優しい眼差しで私を見つめている。そして、微笑みを絶やす事なく衝撃的な言葉を口にした。


「梢恵には、心の底から愛してくれる男が居るだろ?」


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