『それは、大人の事情。』【完】
私は大学時代の友人と会った時に、同窓会を兼ねて旅行に行く約束をしたと真司さんに説明した。でもそれは嘘。だって、友人と会ったと言っていた日は、蓮とレストランで食事をしていたんだもの。
真司さんは、それに気付いていたんだ。そして、その時、沙織ちゃんが言ってた事を思い出した。私には他に好きな男がいるという沙織ちゃんの言葉を……
「どうして? 知っていたならなぜ私を問い詰めなかったの?」
「なんでだろうな……まぁ、しいて言えば、男のプライドかな? 大企業の部長で、社会的に地位も名誉もある自分が、二十歳も年下の清掃会社でバイトしている地位も名誉もないガキに嫉妬してるって思われたくなかったんだよ。
だから俺は、姑息な手を使ってお前達を別れさせようとしたんだ……」
「それで……蓮に会いに行ったの?」
体を起こした真司さんがローテーブルの上の煙草を手にし、それを銜える。が、火を点ける事なく話しを続ける。
「……そうだ。アイツが出勤してくるのをあの裏口で待ち伏せした」
真司さんは蓮に、私を諦めろと迫った。でも蓮は絶対に嫌だと突っぱねたそうだ。
「えっ? そんなはずは……だって、その時はもう、蓮は私の事は忘れるって約束してくれてた。忘れる代わりに写真のモデルになるって話しだったんだよ」
「それは違う。アイツは諦めてなかった。旅行に行ってる間に梢恵の気持を自分に向けようとしていたんだ」