『それは、大人の事情。』【完】

「それ、本当なの?」

「あぁ、アイツの気持ちを知って、俺は言った。人並みの収入もないお前がどうやって梢恵を幸せに出来るんだって。どう考えても俺と結婚した方が梢恵は幸せになれる。半人前のガキが偉そうな事を言うんじゃないってな」


その後も真司さんは蓮を罵倒し続けた。蓮は両手を握り締め震えながら真司さんの話しを聞いていたそうだ。


「そして最後に、お前が本気で梢恵を愛しているって言うなら、愛する女の幸せを一番に考えるはずだ。どうすれば梢恵が幸せになるか言ってみろって怒鳴ると、アイツは消え入りそうな小さな声で言ったよ。

『俺が梢恵さんを諦めれば、彼女は幸せになれる』って……」


そして蓮は、絶対に私に手を出さないから撮影旅行にだけは行かせて欲しいと真司さんに懇願した。


「あぁぁ……っ」


止まっていた涙が再び溢れてくる。


だからあの子は私が求めても拒否したんだ。私の幸せの為に拒んでくれたんだ。そんな事も知らずに、私は……


銜えていた煙草に火を点けた真司さんが、ため息と共に青白い煙を吐き出し「すまない」と呟く。


「今は大人げない事をしたと後悔してるよ。白石蓮に悪い事をした。そして、梢恵、お前にも……」

「そんな事ない。悪いのは私。真司さんに嘘を付いた私が悪いの。でもこれだけは信じて。あの子とは何もなかった。私は抱かれてもいいと思ったけど、蓮が拒否したから……」

「分かってる。だから俺はアイツに梢恵を渡す決心がついたんだ」


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