『それは、大人の事情。』【完】
まだ長い煙草を揉み消し、真司さんが包み込む様に私を抱き締める。
「今夜が最後だ……朝までこのままで居させてくれ」
「真司さん……」
返事の代わりに、彼の背中を力一杯引き寄せた。
「朝になったらアイツに会いに行け。そして、ちゃんと好きだって言うんだぞ。俺も幸せにしてやりたい女にそう言うから」
「……うん」
愛される事を知らなかった私に、愛される喜びを教えてくれたのは、この温もりだった。真司さんの優しい温もり……
忘れないよ。真司さんの事も、この温もりも、絶対に忘れないから―――
私達はソファーの上で抱き合い、お互いを愛おしむ様に腕に力を込める。そして、深い眠りに堕ちていった。
翌朝、目を覚ますと私の体にはタオルケットが掛けられていて、あの温もりは消えていた。
「あっ……真司さん、どこ?」
もしかしたら私が眠ってる間に居なくなってしまったんじゃないかと焦り、慌てて起き上がると、シャワーを浴びていたのか、濡れた髪を拭いながら真司さんがリビングに入ってきた。
こんな姿の真司さんを見るのもこれが最後なんだろうな……そんな事を思いつつ乱れた髪を手ぐしで整えていると……
「起きたばかりで悪いが、梢恵に頼みがあるんだ」
シャンプーの香りを漂わせ私の隣に座った真司さんが、自分のスマホを差し出してきた。
「さっき、もうすぐ帰ると沙織に電話したら、梢恵と話しがしたいって言ってたんだよ。掛けてやってくれないか?」
「沙織ちゃんが、私に話し?」