『それは、大人の事情。』【完】
「あぁ、俺にも理由は言わないんだ。でもその前に、これからの話しをしよう」
そう言うと、寝室の金庫からこのマンションの権利書を持ってきて私の前に置く。
「俺はここを出て、あっちのマンションに移る。梢恵が望むならこのマンションはお前の名義にしてかまわない」
「そんなのダメだよ。私が貰う理由がない」
「いや、俺が勝手な事したんだ。慰謝料だと思ってくれ」
慰謝料だなんて、真司さんだけが悪いワケじないのに……それに、ここには真司さんとの思い出があり過ぎる。住み続けるのは……辛いよ。
「そんなの気にしないで。前に住んでたマンションの契約が今月末までだから不動産屋さんに話して継続してもらうよう頼んでみる」
「そうか……」
なんとか納得してくれたと思ったら、今度は破談にしたのは自分の方だから式場のキャンセル料は真司さんが持つと譲らない。
「それと、招待客には俺から詫びておくから梢恵は心配しなくていい。梢恵のご両親にも謝りに行ってくるよ」
何から何まで一人で抱え込まないでと言ったが、それが婚約破棄した男のケジメだと彼は聞く耳を持たなかった。
「よし! これで全て終わったな。じゃあ、沙織に電話してやってくれ」
真司さんから呼び出し音が鳴るスマホを受け取ると、耳に当てたのと同時に懐かしい沙織ちゃんの声が聞こえてくる。
電話の向こうの沙織ちゃんに特に変わった様子はなく、ランドセルを買ってもらった事や、学習机を予約してきた事を興奮気味に話してくれた。