『それは、大人の事情。』【完】
あぁ……そうか。沙織ちゃんは来年、小学生になるんだ。ランドセルを背負った沙織ちゃんの姿、見てみたかったな。
ちょっぴり心残りでしんみりしていると、沙織ちゃんが急に小声になり『パパ、泣いてない?』なんて聞いてくる。
「えっ? う、うん、泣いてないよ」
『そっかー、ならいいけど……パパね、昨日の夜、あたしとママの為にお家に戻って来るって言ってたけど、ママの居ないとこで、あたしが『お姉ちゃんはパパが居なくなって寂しくないの?』って聞いたら『パパが居ない方がいいんだよ』って……
『梢恵を自由にしてやらないといけないんだ』って言ってた。お姉ちゃんは、パパが嫌いになったの?』
真司さんがそんな事を……?
沙織ちゃんの言葉を聞き、真司さんの本心が見えた様な気がした。
彼が絵美さんや沙織ちゃんの為に私と別れたいと言ったのは嘘じゃなかったかもしれない。でも、最大の理由は、私を蓮の所へ行かせる為。
なのに、何もかも自分が悪いと、後始末を全部引き受けてくれて、マンションまで私に譲ろうとしてくれた。
―――真司さん、ごめんなさい。そして、有難う……。あなたに愛された事は、私の一生の誇り。
だから、私に背を向け、煙草を燻らせている真司さんに聞こえる様に、ワザと大きな声で言ったんだ。
「……嫌いになんかなってないよ。お姉ちゃんは真司さんが大好き。ホントに大好きなんだよ。でもね、色んな事があって、さよならする事になったの」
『色んな事って?』
「それは……大人の事情だよ」