『それは、大人の事情。』【完】

私を玄関まで出て見送ってくれた真司さんが優しく微笑む。


「―――元気でな。梢恵の荷物はまとめて送るよ」

「うん、真司さんも元気で……本当に、有難う」


なかなか立ち去る事が出来ない私の背中を彼が勢いよくポンと押す。


「早く行って、アイツを喜ばせてやれ。そして、幸せになれ。俺も幸せになる」


まだ残暑厳しい昼下がり、軽い握手を交わし、私と真司さんは他人になった。


「……終わった」


マンションを出た私はそう呟き、タクシーに手を上げる。そして、逸る気持ちを抑えスマホを取り出したんだけど……


あっ、そうか……蓮の携帯番号削除しちゃったんだ。でも今日は土曜だから専門学校もバイトも休みのはず。あの子のアパートに行けば居るよね。


―――でも、何度チャイムを鳴らしてもアパートのドアが開く事はなかった。だったらと、あのカフェへ行ったんだけど、蓮の姿はない。


「蓮? さぁ~アパートに居なかったの? どこ行ったんだろうね?」


オーナーに聞いても知らないみたいだったので、蓮の携帯番号を聞こうとしたらオーナーのスマホが鳴った。


「あ、梢恵ちゃん、蓮からだよ。どこに居るが聞いてみるね」

「う、うん」


なんだか急に緊張してきて落ち着かない。蓮に会ったらなんて言おうかと頭の中で色々考えていたら、突然オーナーが悲鳴の様な大声を上げる。


「えぇーっ! それ本当? もちろん大賛成だよ! 良かったな。蓮。とにかく早く帰っておいで」


< 286 / 309 >

この作品をシェア

pagetop