『それは、大人の事情。』【完】
頬を薄紅色に染めた蓮がカフェに入ってくる。薄いブルーの瞳はキラキラ輝き、とても素敵な笑顔だ。
「叔父さん、やったよ! 俺、アレン・ノーマンのアシスタントになれるんだ!」
オーナーは既に感激の余り泣いていて、他のお客さんも何事かと目を白黒させている。店内は異様な雰囲気に包まれていた。
私は下唇を強く噛み、ゆっくり蓮に近付いて行く。すると、オーナーと手を握り合い喜んでいた蓮が私に気付き、一瞬大きく目を見開いた。
「梢恵……さん?」
「……蓮、良かったね。おめでとう」
私がそう言った横で理央ちゃんも「蓮君、やっぱ、蓮君は凄いよ!」って、声を震わせている。
三人が向き合うと、蓮が大きく腕を広げ「有難う」と言って微笑んだ。引き付けられる様に一歩足を踏み出した私は、その愛しい胸に手を伸ばす―――
でも……
その広げられた腕が抱き締めたのは、私ではなく理央ちゃんだった。
「あ……」
蓮は私の目の前で理央ちゃんを強く抱き「理央のお陰だよ。理央は、俺の一番の理解者で、最高のパートナーだ……」そう言ったんだ。
「蓮君……」
「これかは、ずっと俺の傍に居て?」
なんの躊躇いもなくそう言った蓮が、理央ちゃんの頬を両手で包み優しくキスをした……
うそ……私が触れた事のない蓮の唇が、理央ちゃんの唇と重なっている。
私にとって、それは悪夢の様な光景だった。