『それは、大人の事情。』【完】
蓮、それが君の本音なの? 理央ちゃんが言った様に、もう私の事は完全に吹っ切れたの? 私は、遅過ぎたの? もう少し早ければ、結果は違っていたのかな?
「ヤダ……蓮君ったら、皆が見てる前で……恥ずかしよ」
この上ない幸せな表情の理央ちゃんが蓮の胸に顔を埋める。そんな理央ちゃんを見つめる蓮の瞳に迷いは感じられなかった。それどころか、本当に理央ちゃんを愛おしむ様に抱き締めている。
「でも……本当に私でいいの?」
不安げな声に、蓮は迷う事なく即答する。「理央じゃなきゃ、ダメなんだよ」……それが、蓮が出した答え。
私にはその言葉が、蓮からの「さよなら」に聞こえた。ついこの前まで私が映っていた瞳には、今は理央ちゃんが映っている。
例え今、私が真司さんと別れたと言ったとしても、蓮の気持ちは変わらない。そんな気がした。わざわざ私の目の前で理央ちゃんにキスしたのがその証拠。
時間を巻き戻す事は出来な様に、人の気持ちも引き戻す事は出来ないのかもしれない。
「あ、そう言えば、梢恵ちゃん蓮になんか用事があったんじゃない?」
オーナーが思い出した様に呟くと、蓮の視線がようやく私の方に向いた。
蓮と話すのは、これが最後になるかもしれない。なら、一言だけ、どうしても言っておきたい事がある。
私は蓮を誰も居ないオープンテラスに連れて行き、振り返ると、薄いブルーの瞳を真っ直ぐ見つめ言ったんだ。
「蓮……愛してたよ」