『それは、大人の事情。』【完】
「覚えてたんだ……」
「忘れるワケないよ。あの時、必死で我慢してたんだ。マジで死にそうだった。だからもう、我慢しないから覚悟してね」
「ヤダ……何言ってんの?」
そして私達は、どちらからともなく頬を寄せ、まるで子猫がじゃれ合うみたいに初めてのキスを交わす。
この唇の感触を知るまで、随分遠回りした。夢にまで見た彼の唇は、程よい弾力があって、瑞々しい若さを感じる。
だから、若さに任せ勢いだけのキスを想像していたのに、意外にも蓮のキスは濃厚で刺激的。絡み合う舌は決して私に主導権を与えてくれず、かと言って、強引ってワケでもない。
十歳も年下の蓮にリードされていると思うと妙に興奮し、執拗に与えられる刺激に体の火照りは徐々に高まっていく。
あぁ……蓮のキスに溺れそう―――
そんな風だから、唇が離れると名残惜しくて、蓮の後頭部に手をまわしイヤイヤと首を振る。でも蓮は照れた様に頬を染め私の後ろを指差した。
蓮に抱き付いたまま視線だけを後ろに向けると、いつからそこに居たんだろう? カフェのドアの隙間から顔を覗かせたオーナーが嬉しそうに微笑んでいる。
「やっと、梢恵ちゃんと蓮、気持ちが通じたね」
「……オーナーのお陰です。それと、佑月と理央ちゃんと……皆のお陰で、私と蓮はまた会えたの。有難う。ホントに有難う」
感謝の気持ちを込めそう言ったのに、オーナーは大きく首を振り、カフェの入り口のドアを指差す。
「えっ……何? 《Close》のプレート? あ、だから今日は、お客さん誰も来なかったんだ……」
なるほどと納得するが、オーナーは「違うよ~その上」って声を大にして叫ぶ。
「上?」