『それは、大人の事情。』【完】

自然に体に力が入り、呼吸が浅くなる。


「……朝比奈が誰にどんな話しを聞いたかは知らないが、俺は離婚した妻、絵美(えみ)と寄りを戻すつもりはない」

「ホント?」

「あぁ、俺と絵美が離婚した理由は……向こうの浮気だ。まぁ、俺が仕事が忙しくて彼女をあまり構ってやれなかったのが悪かったんだがな」


バツが悪そうに空になったグラスにビールを注ぎ苦笑いする部長。


「そうだったんですか……でも、専務の娘さんだったんでしょ?出世に響くとか思わなかったんですか?」


私のその質問に、部長は少し驚いた様な表情を見せた。


「朝比奈、お前、意外と保守的な考えの持ち主なんだな」

「だって、専務の娘婿なら、将来を約束された様なモノじゃないですか?」

「なら、出世の為に、妻の浮気を許せば良かったとでも?」


苛立つ部長の様子を見て、奥さんの浮気が相当ショックだったんだと想像出来た。


「部長は、奥さんの事を本当に愛していたんですね。だから、余計に許せなかった」


でも部長はその問い掛けには答えず、ビールを飲み干すと、奥さんとの馴れ初めを話し出した。


部長と奥さんの出会いは十年前。奥さんの姉が都議会議員と結婚する事になり、通常の披露宴の他に、政界や専務の仕事関係の人達を招待してのお披露目会が行われた。


部長も当時の上司と共に披露宴の裏方としてかり出され、そこで花嫁の妹の奥さんと出会ったそうだ。奥さんは部長に一目惚れして強引に迫ってきたらしい。


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