『それは、大人の事情。』【完】
「まぁ、普通はそう考えるだろうな……」
寂し気にそう呟く部長を見て、ふと思った。もしかして、まだ奥さんに未練があるんじゃないかと……
「離婚の本当の理由は身内以外誰も知らない。義理の父だった専務に、この事に関しては口外しないでくれと頼まれたからな。
理由はどうであれ、娘がホストに入れ込んで離婚する事になったんだ。世間体を気にしたんだろう。
それに、専務はそのホストと絵美を結婚させるつもりはない様で、俺が九州支社に異動になる時『絵美も必ず目を覚ます。その時は復縁してやってくれ』って言われたよ……」
なんて虫のいい話しだろうと呆れてしまった。
「そんな勝手な……浮気をして離婚を切り出したのは奥さんの方なのに、部長の気持ちも考えずそんな事言うなんて、専務も酷い」
怒りを露わにする私を、眼鏡の奥の瞳が優しく見つめてる。
「俺の為に怒ってくれるのか?」
「当然です。部長は家族の為に一生懸命働いてきたのに突然離婚を迫られ、それを受け入れたのに、奥さんがホストと別れたら寄りを戻せだなんて、あまりにも自分勝手じゃないですか?納得出来ません!」
私が納得出来ないって言ってもどうしようもない事だけど、無性に腹が立った。
「そうか、朝比奈がそう言ってくれて嬉しいよ。今回、俺が部長に昇格して本社に戻る事になったのは、おそらく専務の意向だろう。
この前、娘に会った時、一緒に住んでいた男と絵美が喧嘩して男が出て行ったと言ってたからな。二人は別れたのかもしれない」