『それは、大人の事情。』【完】
「それじゃあ、やっぱり専務は部長と奥さんを復縁させようと?でも、奥さん本人の気持ちはどうなんだろう?」
さすがに奥さんの方も、今更寄りを戻そうなんて考えていないだろうと思ったのに……
「これも娘が言ってたんだが、絵美が娘に『パパとまた一緒に暮らしたくないか?』って聞いたらしい。そして、『パパと一緒に暮らしたかったら、俺にそう言え』って……」
「えっ?って事は、奥さんもその気?」
「俺もまさかと思ったが、絵美もその気みたいだな。確かに娘は可愛いし、また一緒に暮らせたらいいと思うが、子供を使ってそんな小細工するなんて……正直、絵美には幻滅したよ」
まるで他人事みたいに淡々と話す部長に、さっきの心配は無用だったと気付く。彼はもう奥さんを愛してはいない。
「その言葉を聞いて、安心しました」
グラスを持つ部長の手に触れ微笑むと、彼ももう片方の手で私の手を包み呟く。
「もう俺には、大切な女がいるからな……」
「……部長」
今まで一番になれなかった私にとって、何より嬉しい言葉だった。彼は奥さんや娘さんより、私を選んでくれたんだ。
「でも、専務に逆らったら、降格させられるかも……」
「それもないとは言えないな。また地方の支社に飛ばされるかもしれない」
「男の人にとって、仕事は何より大切なモノでしょ?それでも……いいの?」
部長の手をギュッと握り恐々聞いてみる。が、彼は予想に反して至って冷静に答えた。
「朝比奈が一緒に来てくれるなら、俺はどこに飛ばされても構わないさ」