『それは、大人の事情。』【完】

「あ……」

「俺の傍にいてくれるよな?」


仕事であんなに厳しい顔をしてる部長が、こんな切なそうな顔をするなんて……それは、私にだけ見せてくれるあなたの素顔なの?


「……はい」


彼の願いを拒む理由などない。私は素直に頷いていた。そして、早々に居酒屋を出て部長のマンションに向かう。


昨夜と同様、玄関のドアを閉めるとベットルームに直行。キスを交わしながら崩れる様にベットに倒れ込み、明かりを消す間も惜しんで愛し合う。


彼の愛撫に身を委ね、薄れゆく意識の中で私は考えていた。


この人に出会う為に生まれてきたんじゃないかと……出会うべき人にやっと会えた喜びと、彼から与えられる刺激で、身も心も溶けてしまいそう……


嬉しくて泣きそうになるのを必死で堪えていたが、彼の背中に爪を立てた時、堪え切れず私の頬を一筋の涙が零れ落ちる。


だって、相手の背中に私の存在を悟られる様な痕を残すのはルール違反。セフレとの情事では、決して許されない行為だったから。


「泣くほど良かったのか?」

「うん……凄く良かった」


目の前で満足気に微笑む部長は、私だけのモノ。絶対にこの人を離したくない。そう強く思った私は、彼の提案を受け入れる事にした。


「私、ここに来てもいい?ここで部長と一緒に暮らしたい」

「やっと、その気になってくれたか。歓迎するよ。梢恵……」

「えっ……」


初めて部長に下の名前で呼ばれ、落ち着きを取り戻していた私の体が再び熱く火照る。


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