『それは、大人の事情。』【完】
「会社では呼べないが、二人の時はいいだろ?だから梢恵も、二人の時は部長はやめてくれ」
二人の距離がどんどん縮まっていく。でも、さすがに十歳も年上の部長を呼び捨てになんてできないし、取りあえず"さん"付で呼ぶ事にした。
「じゃあ、真司さんで……」
改めて彼の名前を口にすると妙に照れ臭い。私にもまだこんな初心(うぶ)な部分が残っていたんだ……
今まで付き合った男達には見せた事のない甘えた表情で微笑むと、彼が急に真顔になり、私をジッと見つめた。
「なら、一つだけ約束して欲しい」
「……約束?何?」
「もう、他の男とは寝るな。セフレがいるなら別れてくれ」
この時ほど、多くの男達といい加減な関係を続けてきた自分を恥じた事はなかった。
慌てて起き上がりベットの上に正座すると、乱れた髪を掻き上げ、必死の形相で訴える。
「セフレなんていない。今は部長だけ。お願い……信じて」
すると彼は微かに笑い私の手を引っ張った。ゆっくり広い胸に引き寄せられた体は、逞しい二本の腕に抱き締められる。
「そんな顔するな。信じるさ」
「ホントに?」
「あぁ、梢恵を愛してるから……信じる。それより、部長はやめてくれって言ったろ?」
「あ……」
再び肌触りのいいシーツに横になると、柔らかい唇が触れ、私は愛しい人の名を呼んでいた。
「真司……さん」
愛情がたっぷり詰まった口づけは、自分の感情を押し殺して生きてきた私に、人生の春を感じさせてくれた―――