『それは、大人の事情。』【完】
もう一度、深いため息を付くと、斜め向かいに座ってる佑月が声を掛けてきた。
「……梢恵、今夜、いい?」
「あ、うん。いいよ」
佑月もさっきから何度もため息を付いている。修とまだモメてるみたいだ。彼の浮気がどうしても許せないんだろう。
仕事が終わると私と佑月は会社の近くにある魚料理が評判の居酒屋に行き、大きな水槽が見えるカウンターに並んで座った。
「佑月、何にする?」
メニューを佑月の前に滑らせるが、彼女は水槽の中で優雅に泳ぐ真鯛を虚ろな目で眺め、また大きなため息を付く。
「梢恵が好きなの注文して。任せる」
私はメニューを引っ込め適当にオーダーすると、すぐに運ばれてきた辛口の冷酒を佑月に勧めた。そして、後ろの騒がしいサラリーマン達の声に負けないくらい大きな声で言う。
「取りあえず、飲も!」
すると、小ぶりのグラスに注いだ冷酒を一気に飲み干した佑月が堰を切った様に話し出した。
「一回きりの女だと思ってたのに、彼ったら、セフレがいたんだよ」
「セフ……レ?」
「そう、昨日、ちゃんと話し合おうと思ってたのに、また喧嘩になっちゃって、彼が逆ギレして言ったの『セフレの一人くらいでギャーギャー言うな!』って。
酔っぱらってつい……って事だったら許そうって思ってたのに、まさかセフレがいたなんて……」
その事実は私にとってもショックだった。
佑月を本気で好きだって言うから、私は泣く泣く修を諦めたのに、セフレがいたですって?どこまで最低な男なんだろう。