『それは、大人の事情。』【完】

「あっ、梢恵ちゃん、久しぶりだね。最近見ないからもう来てくれないのかと心配してたよ」

「ごめんなさい。仕事が忙しくて……今日も繁盛してるね」


そう言いながら、私は白石蓮の姿を探していた。


「あの……甥っ子の彼は?」


オーナーが一瞬、キョトンとした顔をする。


「蓮の事?梢恵ちゃん、蓮になんの用なの?」


オーナーの反応は至極当然。私と彼がここ数日、どんな関わりを持っていたかなんて、オーナーは知らないのだから。


一席だけ空いていたカウンターの椅子に座り、遠慮気味に言う。


「ちょっと渡したい物があって……」

「そう……実はね、蓮のヤツ、ここのバイトと清掃の仕事を掛け持ちしてたんだけど、ちょっと前から体調悪かったみたいでさ……何も言わないから僕も気付かなくて……

で、一昨日、とうとう熱出してダウンしちゃってね。きっと、疲れが出たんだよ。なんか悪い事したな~」


オーナーは責任を感じている様だけど、それは違う。彼が熱を出したのは、きっと私のせい。あのピアスのせいだ。寒い時期じゃないけど、深夜に三時間も雨の中に居たら風邪も引くよね。


「それで、まだ悪いの?」

「いや、熱は下がったんだけど、食欲がないみたいでね。食事を持って行っても全然食べてくれなくて困ってるんだ」


忙しく手を動かしながらため息を付くオーナーだったが、急に「あっ!」と声を上げ、カウンターから身を乗り出す。


「ねぇ、梢恵ちゃん、ランチご馳走するから蓮のアパートに昼ご飯持ってってくれないかな?」

「えっ?私が?」


< 73 / 309 >

この作品をシェア

pagetop