『それは、大人の事情。』【完】
「あ、うん。風邪引いて洗濯する気力がなくて、もう着る服がなくなっちゃってさ……それより、なんで梢恵さんがここに居るの?」
私は右手に持っていた鍋と、左手に持っていたショップの紙袋を白石蓮に見せる。
「こっちは、カフェのオーナーから頼まれた君のお昼ご飯。で、こっちが、君が私のマンションに忘れていった服」
「あっ……わざわざ持ってきてくれたんだ……」
ボサボサ頭をポリポリ掻き苦笑いする白石蓮だったけど、風邪を引いてるせいか、なんかいつもと違って声に元気がない。
「オーナーに聞いたよ。食欲がないんだってね。でも食べたくなくてもちゃんと食べなきゃダメだよ」
まるで小さな子供に言い聞かせる様にそう言うと、鍋と紙袋を差し出す。でも、なぜか彼はソレを受け取ろうとしない。
「もう帰っちゃうの?」
またあの捨て犬みたいな寂しそうな目で私を見てる。
「用事は済んだんだから帰るわよ」
「そんな~せっかく来てくれたんだから、ちょっとでいいから上がってってよ」
お昼ご飯と服を渡したら帰るつもりだったのに……そんな甘えた声出されたら帰るに帰れない。
困惑する私に、白石蓮は薄いブルーの瞳をウルウルさせ迫ってくる。
「熱が出た時、もう俺、死ぬんじゃないかと思ったんだ。寂しくて、心細くて、梢恵さんに会いたいって、ずっと思ってた。だから、ちょっとでいいから俺の傍にいて……」