それは、小さな街の小さな恋。


病室の片隅に座っていたお父さんは、ベッドサイドで佇む私に駆け寄って、泣き腫らした顔をまた涙で濡らしながら私を抱きしめた。


馬鹿だ。本当に私は馬鹿で、自分勝手で子供だった。

お父さんを責めることでしか自分を保てなかった。


「なんで?なんで、お母さん死んじゃったの?お父さん、医者だよね?なんでお母さんのこと見捨てたの?!」


あのとき吐いた言葉を、その時のトーンを、声量を。

全てを覚えている。多分、一生忘れない。一生忘れてはいけない。


あのときのことをお父さんは語らないし、私が語っても、最初から気にしてなかったと言い張る。

でも、そんなお父さんが本当は医者を辞めようかと思っていたのを私は知っている。

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