VS IV Omnibus1 撃墜女王


 殴られた直後、エレベータのドアが開いた。

 居住フロアに向かう人が、乗り込もうとした足を止める。

「おかまいなくー」

 おーイテ。

 ケイは、血の味のする唇を指で拭いながら、新しい乗り手にフォローした。

 単なる痴話ゲンカですよ、的な空気を演出しようとしたのだ。

「あ…いえ…」

 女性兵士数人が、足を引っ込めた。

 ジョウと彼を見比べる目が、あきらかにドン引きだ。

 シューッと、ドアが閉まる。

 結局、エレベータは二人きりのままだった。

 顔の売れた撃墜女王が、エレベータで男を殴っていた!

 明日の噂のネタを、提供してしまったかもしれない。

 せめて、色っぽい尾ヒレがつくといいのだが。

 そんなことを、ケイが真面目に考えていると。

「ばっ…かじゃねぇのか!?」

 居住エリアまで、もう少し。

 沈黙を引き裂いて、ジョウが吐き捨てるように言った。

 どうやら、噂の心配ではないようだ。

 きっと、彼のことが理解できないのだろう。

 うーん。

 キツイ一発に、酔いも吹っ飛ばしたケイは、苦笑にならないように笑ってみた。

「男なんて、バカな生きものさ。気に入った女を口説けるなら、パンチくらい安いもんだ」

 彼は、自分に正直に生きるようにしている。

 明日死ぬ心配をするくらいなら、いい女と朝を迎えて死んでやる、くらい思っていた。

「だから、あたしを口説いたって、自慢にもならないぜ」

 書記官でも、口説いてろよ。

 殴ったことで、怒りの波は引いたのか、ジョウは今度はブルーが入ってきたようだ。

 情緒不安定でない、前線の兵士などいない。

 たとえそれが、撃墜女王であったとしても。

「ばかだなぁ…いい女なんだから、自慢に決まってるだろ?」

 ブルーにつけこんで、唇の一つでも奪おうとしたら――もう一発、ブン殴られた。
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