グーグーダイエット
「……宜しければやってみません?」
「何を?」
「草野球。とか」
 何時もクールなカリー伯爵が、ニヤリと笑う。その瞬間、何故だか背筋がゾクッとした。思えば、この時に断っておけば良かったのだ。さと子が首を横に振る前に、つけ坊主とじゃがくんが首を縦に振った。
「おっ、良いなぁ! 俺も一度やってみたかったんだよ~野球!!」
「じゃあうさぎ飛びとか、タイヤ引っ張って走るのとかしたりするの!? 良いじゃんさと子ちゃん、そんなことしたら嫌でも痩せられるよ!!!」
 予想外にやる気な二人と、俄然やる気な野球好きのカリー伯爵。そんな彼等に対して上手く断れる言葉など見つかるはずもなく。さと子は苦笑しながら頷いた。

 場所はだだっ広い河川敷へと変わった。野球をしようと言っても、全員で4人。これでは出来ても精々キャッチボールくらいだ。
「ちょ~っとこれじゃあ迫力無いよねぇ」
 そのことに真っ先に気付いたじゃがくん。カリー伯爵は、事実を理解しても尚、野球道具の準備をしていた。一人だけ熱量が違う。
「そうだな。草野球って確か、少なくても10人は必要だろ?」
「うん。欲を言えば、12人くらいは欲しいなぁ……どうしようっか。ここら辺に子供はいなかったし」
「ねぇ、もう諦めない? 違う方法もあると思うなぁ」
 さと子が唯一の止めるチャンスにすかさず口を挟んでいると、さと子の後ろから後光が差した。つけ坊主とじゃがくんが途端に目を瞑ったので、さと子が何事かと振り返ってみると、信じられない光景に思わず数歩後退した。
 それもそのはず。さと子の背後にいたのは、神様……と、さと子が今まで出会ってきたハンちゃん、スーさん、ひたし様、なべ姉、なぽりん、ねむたろう、サラダ、ぎりの助がいたからだ。
「何じゃ、面白そうなことならワシも呼んどくれよ!」
「そうだぜ? 野球なんて、俺様にピッタリじゃねぇか!!」
「私は審判が良いですね……」
 皆が一気に話しだすので、誰の言葉を聞けばいいのか分からない。さと子は神様の前に移動すると、その瞬間なべ姉に抱きつかれた。
「あ~ん、さと子ちゃんめっちゃ可愛くなってる! 素敵よステキィ。だんだんとアタシ好みのイイオンナになって来てるわんっ!!」
 なべ姉のあまりにさり気ない抱きつき方に、スーさんやひたし様の動揺は隠せない。ハンちゃんは仲の良さそうな二人を微笑ましそうに見ており、なぽりんは奇妙なラブの感覚に胸を弾ませていた。
「ちょ、ちょっとちょっと! 神様、私こんなに料理作って無いよ。どう言うことっ!?」
「ふふ、彼は料理であって料理で無いと前に言ったろう? 今回は特例じゃ。皆で野球を楽しむのじゃ!!」
 神様の言葉を合図に、食べ物男子達は「おーっ!!」と声を上げた。さと子が中に入らなかったからか、掛け声の後にしばしの沈黙が起こる。皆の期待を背負い、神様は再度言った。
「皆で野球を楽しむのじゃ!!!」
 神様の声と同時に、全員の格好が野球服に変わる。当然さと子の服も。食べ物男子達は驚きながらも、改めて声を揃えて、「おーっ!!」と声を上げた。これにはさと子も、嫌々ながら小さく手を上げ、「おー……」と声を絞り出した。
 さと子の力無い声を皮切りに、食べ物男子達との草野球が開始した。

 一試合目は、ピッチャーがハンちゃん、ファーストがじゃがくん、セカンドがなぽりん、サードがスーさん、ショートがサラダ、レフトがぎりの助、センターがなべ姉、ライトがさと子になった。キャッチャーとしてつけ坊主がどっしりと構え、神様、ひたし様、ねむたろう観戦兼、審判役となって応援する。いや、正確にはねむたろうは眠っているのだが。バッターに立ったのは、この中で野球を一番愛するカリー伯爵であった。さと子の位置からはカリー伯爵からかなり遠いが、それでも分かる。彼の熱意が。あそこから、昭和のスポコンアニメの香りすら漂うようであった。そうか、スポコンの臭いって、汗臭いとばかり思っていたが、実はカレーの臭いだったのか。さと子は呆れ半分に勝負を眺める。
 ハンちゃんは胸をトントンと叩いて気持ちを整えると、構えてボールを投げる。ハンちゃんは可愛らしいイメージだったが、彼も男なのだよな。投げる球は素早く、強く、フォームも素人とは思えない程美しかった。さと子の薄目だった瞳が大きく開かれると、カリー伯爵の方へと視線を移した。カリー伯爵はバットを振り、球に当たったものの、当たった球はファールになってしまった。神様とひたし様が同時に両手をクロスしてバッテンのマークを作ると、「ファール!!」と声を上げた。ハンちゃんは男らしく、ガッツポーズをし、「よしっ!」と一言。カリー伯爵は、気落ちすることも無く、すぐに次の攻撃へと備えた。そこは流石、野球好き。精神統一も伊達じゃ無い。
 次の攻撃。ハンちゃんも意識を集中させて投球した。投げた球は、カリー伯爵の元を素通りしていく。カリー伯爵は、静かに次の攻撃へと備えた。野球好きと言っても、そこは所詮観戦好きか。カリー伯爵は見た感じそんなに運動をしそうなイメージも無いので、もしかしたら意外と実践は不得意なのかもしれない。チーム戦では無いので応援する相手を特定は出来ないが、やはりバッターとピッチャーが現れると、素人としてはバッターに打って欲しいと思ってしまう。
 3回目の攻撃。ハンちゃんは球を投げた。2回目では見送っていたカリー伯爵であったが、3回目、球を打つと、その球は見事に弧を描いて飛んで行った。これはもしや……さと子の目が煌めく。
「ホームランだーっ!!」
 スーさんの声で、ぎりの助とさと子は慌てて動くが、追いつきそうにもない。さと子が振り返ると、その間にもカリー伯爵は一塁を超えていた。どうしよう。さと子が困り果てていると、ぎりの助とさと子の真ん中から、一人の男が素早く球に駆け寄っていった。あの揺れる髪、長いまつ毛は間違いなくなべ姉だ。なべ姉が瞬時に球を取り、くるりと半回転すると、サラダへと剛速球で投げつける。
「ソイツを逃がすなぁああああっ!!」
 それは、猛々しい雄叫びであった。なべ姉の変わりようにサラダの血の気が引いたが、何とか球をキャッチすると急いでカリー伯爵へと当てようとする。カリー伯爵は近づいてくるサラダに気付くと、近い一塁へと急いで戻った。神様が一塁の方へと走っていくと、「セーフ!」と両手を横へ伸ばした。さと子はホッと一息つく。カリー伯爵は惜しそうだが、十分な成果だ。カリー伯爵の元へと、皆が駆け寄ってきた。
「凄いよカレー。ちょっと自信あったから悔しいや」
 ハンちゃんは苦笑いしながらも手を伸ばした。カリー伯爵は、ハンちゃんへと手を伸ばし、握手をした。2人の目は、揺るぎなく熱い。そうか、スポーツをするって、こういうことなんだ。さと子の冷めていた心にも、ポッと小さな炎が灯り始めていた。

 試合の人物が若干変更された。変更されたのは、ピッチャーのハンちゃんがスーさんに変わり、スーさんのいたサードはカリー伯爵になり、センターがねむたろうに変わっていた。バッターへと変わったのは、先程頭角を現したなべ姉であった。なべ姉は体をくねくねとさせながら、「出来るかしら~」などと言っているが、絶対強敵になるはずだ。ハンちゃんは神様やひたし様と観戦がてら、先程の試合の話を楽しそうにしていた。
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