グーグーダイエット
 しかし、しかしだ。それにしても後ろの三人のとろさと言ったらどうなのだろう。ねむたろうに至っては今にも眠ってしまいそうだ。さと子は我ながらとろそうな人選に、不安がよぎっていた。
 さと子の不安は見事的中した。それも、1回目の1発目の投球で。あの、運動バカとも言えるスーさんの投球を、なべ姉は猛々しいまでの雄叫びを上げて1発でホームランにしたのだ。なべ姉の底知れぬ強さに、スーさんの表情は誰よりもポカンとしていた。さと子も共にポカンと見つめていたかったが、どんどんと遠のいていく球をただ見つめるわけにもいかないので、さと子は必死に走った。案の定、ぎりの助は、「すげ~なぁ~」と微笑ましそうに球を見、ねむたろうは鼻ちょうちんを膨らまして立ちながら眠っていた。さと子直々に戦力外通告してやりたいぐらいであった。さと子は必死に球を追いかけ、五分間をかけて何とか球を拾い上げた。そこからまた五分かけて戻り、球を投げる。予想通りではあったが、なべ姉はもう本塁まで戻っていた。息が上がり、体が熱くなるさと子。この頑張りが無駄だったのかと思うと、少々苛立ってなべ姉へと球を投げつけた。なべ姉はそれすらも簡単にキャッチすると、「お疲れ様! うふっ!!」とさと子を抱きしめた。いとも簡単にハグをやってのけてしまったなべ姉に、試合もさと子も捕られてしまった様で悔しい。スーさんは抱きしめられて動揺するさと子の手を引き今度は自分がさと子を抱きしめた。しかし、スーさんからの抱擁には、さと子はサッと離れた。何故だ。アイツと自分は何が違う? スーさんは悶々としながら口を尖らせた。

 その後も、試合はポジションとメンバーを交代させて展開していった。さと子のポジションは、良くも悪くも変わらず。どちらかと言うと、悪いだろう。何せ、偶然にも外野にばかり球が飛んでくるのだ。後ろのメンバーはあれからひたし様や神様、スーさん等など代わってはみたものの、さと子もかなり走らされた。ひたし様は運動が得意では無いこと、神様は野球の雰囲気を楽しんでいるだけであること、スーさんはさと子のダイエットを最優先させていることが原因だ。さと子の体は、一歩踏み出す度に悲鳴を上げていた。
「あ、あの~……一旦休んでいいですか」
「頑張れ。あと1試合の予定だから。お前意外と好きだろ? 野球」
 確かに。正直今まで興味は無かったが、じゃがくんやカリー伯爵の影響で野球はみるみるうちに好きになっていた。これだけ走らされても、この輪に入れさせてもらっている。それだけで嬉しくなる自分もいた。さと子はスーさんにコクコク頷く。
「でも、サトちゃんばっかりボール取りに行ってもらってて大変だし、どう? 最後はバッターとか!」
 ハンちゃんの提案に、皆が賛成した。しかし、最後の試合で自分がバッターだなんてとんでもない!! あまりの重圧に、さと子は手と首を同時に振った。その動きだけで疲れそうなのだが。スーさんは思ったが、今回は触れないでおく。
「ぜったいにダメッ!! 私に打てるわけ無いもの!!!」
「まぁまぁ。別に本格的な試合やるわけじゃ無いんだから。良いから、他のポジションもやってみなよ」
 ハンちゃんに笑顔で言われると、何だか断りづらい。その上、全員の視線は、もうお前に決めた! と言わんばかりに自分を見ている。
「ええい、乗りかかった船じゃ!!」
 さと子が声を上げると、全員が、「おーっ!!」と片手を上げて応えた。

 最後の試合のポジションは、ガラッと変わった。特に、レベルの高いスーさん、なべ姉、ハンちゃんは応援兼審判へと周り、さと子の相手となるピッチャーはつけ坊主になった。その他、ファーストが神様、セカンドがサラダ、サードがひたし様、ショートがねむたろう、レフトがカリー伯爵、センターがなぽりん、ライトがじゃがくんになっていた。キャッチャーはぎりの助だ。ぎりの助はレフトでは不安要素だったが、こうやって後ろにいてもらえると、安心感があって良い。
「さと子、行くぞ!!」
「来るなら来いやーっ!!!」
 さと子は吹っ切ってバットを構える。が、つけ坊主の投げたボールは見事さと子の隣を通過し、ぎりの助のミットの中に収まった。流石、動きは鈍いが、安定感がある。ぎりの助は、キャッチしたボールをつけ坊主へと返した。同時に、さと子がバットを握る手の力も強まる。2回目、つけ坊主の投球は先程より格段に弱くなっていた。女性であるさと子に気を遣ったのだろう。頑張れば打てそうであったが、さと子はそれを見逃すと、つけ坊主に言った。
「気を遣わないで! こんな弱い球を打つくらいなら三振するわ!!」
 さと子の強気な言葉に、つけ坊主は驚きながらも、頼もしそうに笑った。
「すまんすまん! それで満足するお前じゃなかったな!! よし、今のは無しだ。後2回で片付けてやるよ」
 つけ坊主は先程にも増して神経を研ぎ澄まし、ボールを投げた。最初の投球よりも格段に速い。始めのも気を遣っていたと言うことか。こんなにも速く、怖いのに、さと子は不思議とワクワクしていた。あと一回で片付けられてしまうかもしれない。ならば、せめて全力を尽くそう。一つ息をつき、気を落ち着ける。
 つけ坊主が構えると、ボールが飛んでくる! と直前で直感的に気付く。フライングではあるが、自分にはこれくらいが丁度良いのかもしれない。さと子はバットを振った。球とバットが振れるまで、50、40、30センチ……。さと子は思わず目を瞑っていた。
 現実が怖く、目を開けられなかった。しかし、目を開けなくとも分かる。この空気をかすめただけの感覚は……さと子が薄らと目を開けると、つけ坊主とぎりの助以外の皆がさと子に必死に手を振っていた。足元を見て見ると、球が転がっている。ぎりの助が球をキャッチ出来なかったのだ。そうか、こう言う時って一塁進めるんだっけ。さと子は必死に走った。何だか自分の力で戦えた気がしなくて腑に落ちなかった。やはり、自分が出る幕では無かったのだな。さと子は切なそうに走った。

 試合は何とも言えないモヤモヤとした気持ちで終了した。さと子は思わずため息を付いた。そんなさと子を皆、頑張ったと褒めてくれたが、自分はただ立ちつくしていただけ。始めは何とも思っていなかった野球だったのに、案外関わってみるとこんなにも感情を揺さぶられるものなのだな。そう思って空を見ていると、鼻をすする音が聞こえてきた。音の方を振り返ると、ぎりの助が悔しそうに泣いていた。さと子は駆け寄り、「どうしたの!?」と尋ねた。皆もさと子の声で気づいたらしく、どんどんと駆け寄ってくる。
「いやぁ……何だか球も取れねぇ自分が不甲斐なくなって……。すまねぇ、こんな所で泣くつもり無かったんだ」
 さと子はハッとした。てっきり、さっきのエラーはぎりの助が同情してやってくれたものだとばかり思っていた。だが、彼も彼なりに必死にこの勝負に取り組んでいたのだ。自分の失敗ばかりに目を向けて、落ち込んでいた自分が情けなくなった。
「何言ってるの……私が1回も打てなかったくらいよ? つけ坊主の球が強すぎただけよ」
「だな。俺の球を1度でもキャッチ出来たお前は凄いんだぜ? 俺の草野球歴なめんなよ!!」
 さと子とつけ坊主がニッコリと笑うと、ぎりの助は安心したのか、泣きながら笑った。それを見て、他の皆も温かく微笑んだ。
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