グーグーダイエット
 え、何この恋人みたいな姿。今までされたことの無い行動に、胸の鼓動が早くなった。達海の顔を見たいものの、後ろ姿では彼の顔が分からない。胸のドキドキと葛藤しながら、さと子は達海に引っ張られるがまま歩き続けた。

「此処で食べよう」
 達海が連れて来たのは、手入れが生き届いた美しい薔薇の庭園だった。会社の待合客席の近くの窓からよく見ていた景色だが、まさか入れる場所があったとは。さと子はあんぐりと口を開ける。
「此処、初めて入るだろ? と言うか、俺と庭師以外入り方知らないだろうけどな。庭師にこっそり、上司に見えない所で食べる許可を貰ったんだ。何時か案内したいと思っていたから、つい手を引いてた」
 達海は照れもせずに言った。その言葉を聞き、さと子の頬が薄紅色になる。
「有難う。すっごく綺麗で、嬉しい」
「お前は花より団子って言うか、花も団子もって感じだからな」
「何よソレ~!!」
 仲の良さげな二人をニヤニヤとした表情で見るつけ坊主。サラダとぎりの助は微笑ましく見つめ、二の川さんは腕を組んで冷静に見つめている。
「……で、さ」
 さと子は、例の質問をするつもりらしい。邪魔にならぬよう、食べ物男子達はお口にチャックをする。
「達海、どうして私じゃこれ以上痩せたら駄目なの?」
 弁当箱を開けた後達海はさと子の顔を見た。何か付いているだろうか? 顔に手をやって確認してみるが、特には何も付いていない。
「お前、綺麗になったよな」
「あら、有難う。それもこれも達海のお陰だよ」
「確かに。俺の言葉がきっかけでお前は此処までよく頑張ったと思う。だけど、もし俺の言葉きっかけなら、俺の言葉がきっかけで止めて欲しいんだ」
「え? ダイエットを?」
 何だそりゃ? 理由になっていない理由に思わず首を傾げる。そんな彼女の目の前に、達海はカバンから出したレジ袋を置いた。私に? と指を差すと、達海は黙って頷いた。さと子がレジ袋を開けると、中の物に愕然とした。
「ま、まんじゅう……」
 袋の中には、まんじゅうが何個も詰められていた。ご丁寧に、大福やカステラなども入っている。ワシはおばあちゃんか。さと子はそうつっこんでやりたいくらいの気持ちだった。
「まんじゅう、コンビニで見てただろ。怖い怖いって言って」
「いやぁ、それはまんじゅうが本当に怖くって……」
「片意地張るな。アレは体が糖を欲してる証拠だ」
「いやでもぉ」
「食え。食うまで返さん」
 達海はそう言うと、両手で頬杖を付きながら、じっとさと子の顔を見つめた。少々不機嫌そうなのに、顔立ちが美しいから腹が立たない。恵まれた男である。
 このようなイケメンに見つめられて、食べられない女性など居るはずもなく。
「いただきます……」
 さと子はまんじゅうの袋を開けると、中のまんじゅうをバクバクと食べ始めた。久々に感じた糖分、あんこの甘味と重量感がたまらない。つぶあんもこしあんもしろあんも、さと子は全て大好きだ。
「怖い、怖いよぉ……この美味しさが怖いよぉ」
 さと子は涙を流しながらまんじゅうを食べる。無くなりかけたまんじゅうの袋の上に、達海は大福だらけのレジ袋を置いた。一度手に付けるとやめられない。さと子は大福にも自然と手を伸ばしていた。
「怖い、やっぱり怖いよぉ。全部美味しすぎるよぉ」
 大福のこのもっちり加減。草大福の落ち着く匂い。苺とあんこの素晴らしきコラボレーション。大福もまんじゅうも全て美味しかった。
 最後の一個も当たり前のように手に取っていた。脳が駄目だと言っているのに、体は非常に素直だ。
「いやはや。まんじゅうって怖いねぇ」
 呆れて首を振った二の川さん。その姿をまんじゅうの姿に戻すと、「まだあったぞ」と達海がそのまんじゅうをさと子に手渡した。
「あ、有難う~!!」
 抑えのきかないさと子は、最後のまんじゅうを口に入れ、そのあんこの甘味をしかと味わった。
「……ご馳走様でした。あ~! 食べ過ぎちゃった!!」
 後悔を前面に出すさと子を見て、達海はクスクスと笑った。
「だが、幸せそうじゃないか」
 達海の言う通り、和菓子をたらふく食べ終えた後、さと子には満腹感とはまた違う幸せな感情でいっぱいになっていた。久々に食べた甘い味わい。別バラと言うくらいなのだ、やはり女子は甘いものが大好きなのだ。
「そうね」
「ダイエットも良いが、時には好きな物も食う。ストレスを抱えたダイエットをしないようにな」
「うん。有難う」
 さと子がまんじゅうを食べている間に達海は弁当を完食していたらしい。達海は弁当箱を片づけると、「それじゃあな」と言って職場へと戻って行った。達海がいなくなったので、腕時計を見てみる。休憩終わりまで、もう残り十五分間しかない。
「わわ、急いで食べなくっちゃ!!」
 さと子の言葉で、食べ物男子達は急いで元の食材の姿に戻った。二度目のいただきますをすると、お弁当を急いで食べ、職場へと走って行った。
 ……まんじゅう、こわい。


――現在の体重、72キロ
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