グーグーダイエット
17:カップ麺と幼少期
昨夜の雨が嘘だったかのように、今日は太陽が燦々と輝いている。まだ眠りに付いている達海の肩をトントンと叩くと、達海は薄らと目を開けた。
「どう? 調子は」
とは聞いてみるものの、達海の顔はまだピンク色だ。恐らく調子は良くないだろう。
「有難う。昨日は助かった」
そう言いながら立ちあがった達海は、フラリと大きく上体を崩した。さと子が慌てて達海の体を掴まえると、布団に座らせる。
「今日は日曜日よ。私は休みなの。もし辛いなら、携帯で休みの電話入れちゃいな」
何時に無く優しいさと子。達海は小さく頷くと、さと子から携帯を返してもらい、上司に休みの連絡を入れた。
「ご飯食べれる? おかゆとかで良い?」
「ああ」
さと子は台所へ移動し、米を湯がく。達海は壁伝いに立ちあがり、何とかちゃぶ台へと移動してきた。
「寝て無くて良いの?」
「此処で食べたいんだ」
「そう。じゃあ、テレビ付けるね」
テレビの電源を入れると、子供向けの番組が始まった。綺麗なお兄さんお姉さんが小さな子供と歌をうたったり、クイズをしたり。若干異様なのは、小さな子供の大喜利だった。当然4~6歳くらいの子供なので、言っていることはとんちんかん。何故この年の子供に大喜利をさせようと思ったのだろう。
兎にも角にも、子供が映っていると妙に和む。穏やかな時間が経過し、さと子は達海の前におかゆを置いた。他人に出した料理だからか、おかゆは米限定なので主食と捉えているのか。おかゆが人に変身することはなかった。
「いただきます」
達海はおかゆを口に含んだ。そして一つ頷く。
「温かい」
「良かった。でもアレでしょ、おかゆじゃ物足りないでしょ」
「良いや。少なくとも、うちの食事に比べれば」
テレビに映る幸せそうな親子を見つめ、寂しそうに達海は言った。
「……親御さん、あまりお家にいなかったの?」
おかゆをすすりながら、達海は頷いた。
「仕事やら付き合いやらってな。親父は働いてるからまだ理解出来た。仕事をしている今なら尚更。けど、母親だけは許せない。何時も母親同士の付き合いとか言って、俺を置いて遊び放題だった」
「もしかしたら、本当に付き合いだったかもしれないんじゃ」
「見たことがあるんだ。昔、母さんが外で違う男と会ってるのを」
暫しの沈黙が流れた。聞こえる音は、テレビの向こうのはしゃぐ子供の声だけだ。
「……そっか」
さと子は切なげに達海を見た。
「1人家に残されて、学校行く前も帰って来る時も、あるのはカップラーメンだけ。たまに外食へ連れて行ってもらったりもしたが、母親の手作りなんて殆ど食べたことが無い。だから、こう言う料理、好きなんだ。特に、お前のは」
達海はおかゆを平らげると、さと子に空になった器を渡した。さと子は笑顔で受け取り、おかゆをついで渡す。
「沢山食べて。元気なったら、もっと味の濃いの作るからね!!」
さと子は明るく達海に言うと、達海は目を閉じて噛みしめるように頷いた。
最悪だ。今日は1日中晴天のはずだったのに、急に雨が勢い良く降りだした。それも、雷と言うオプションを付けて。
達海の体調こそ大分良くなったものの、これでは家に帰れない。しかしまぁそれは良い。それよりも問題なのは……。
「カップ麺しか、無い……」
達海からあんな話を聞いて、カップ麺を出すのはあまりにも酷すぎる。こんな時に限って米はおかゆに全部費やしてしまい、親から送られてきていた乾麺も知り合いにプレゼントしてしまったせいで食材と言う食材が何も無い。
「ああう! どうしようどうしようどうしよう!!」
「どうかしたのか?」
「キィエエエエッ!!!」
「え?」
急に声をかけられて動揺したさと子は、大きな悲鳴を上げた。達海がギョッと1歩後ずさったが、さと子の手元にあるカップラーメンを見ると、事態を察した。
「もしかして、それしか無いのか?」
さと子は面目なさそうに俯いた。達海はさと子からカップラーメンを取ると、首を横へ振った。
「別に、カップラーメンが嫌いなワケじゃない。ただ、1人でインスタントを食べるのが苦手なんだ。お前がいるなら構わないよ」
「何よしおらしい」
2人はちゃぶ台に座ると、ポットの湯をカップラーメンに注いだ。3分後、両手を合わせると2人はカップラーメンをすすった。テレビを付けて無かったこともあり、静かな時間が流れる。
今まで食べ物男子達とは2人きりのこともあったが何かと慌ただしかったり、騒がしかったりとしてあまり相手を意識することは無かった。それだと言うのに、達海といると妙に意識してしまい、ドキドキする。時々目が合うと、その度に逸らしてしまい、何を離せばいいのか迷ってしまう。
「さと子」
名前を呼ばれ、胸が高鳴った。達海の方を見ると、以前ひたし様が持っていた紫色のボタンをテーブルに置いていた。ボタンのことについて言おうとしたが、達海が先に口を開いた。
「お前、どうして俺と話をしようと思ったんだ」
「え?」
「初めて、会った時」
達海に聞かれ、初めて会った時のことを思い出した。
働く階の違う、見た目も性格も違う二人が出会ったのは、さと子が偶然にも上の階へ書類を届ける用事がある時だった。渡す相手は達海のいる場所とは違う場所だったが、彼を見つけたのは、その帰り道でのことだった。
達海は女性達に囲まれていて、困惑気味だったのを覚えている。その時はただ通りすぎただけだったが、その日の帰りに、一階で会社の庭を見つめている彼を見かけた。その表情は、とても疲れているようだった。人間と言うのは利口なもので、こう言う時に限って声をかけない。ただ、彼は今こそ誰かに声をかけて欲しそうな、そんな風に見えた。
「こんにちは」
最初は、そう声をかけたんだったな。
さと子は懐かしい記憶を思い出し、ふっと微笑んだ。
「だって達海、とても辛そうだったんだもん。実際、悩んでたじゃ無い? このまま仕事を続けてて良いのかなって」
「ああ。一人暮らしして、有り合わせの物を食べ続ける生活をしていたら、このままで良いのか。分からなくなってた。けど、お前に相談にのってもらって、本当に感謝している」
「いいっていいって別に! 私だって達海に仕事の相談のって貰ってたしさ」
達海は微笑むと、テーブルに置いていたボタンを持ち上げた。
「それと、これ」
「ああ、それね。知り合いが押し入れの奥から見つけてくれたの」
ひたし様と言うわけにもいかないので、知り合いで誤魔化した。
「その様子じゃ、ピンとはきて無さそうだな」
意味深な言葉に首を傾げる。達海は寂しそうな顔をすると、話を続けた。
「俺は覚えてる。このボタンのこと」
達海が? 何故? さと子は以前の母親との会話を思い出した。母親は、さと子が小学生の頃に友達から貰ったと言っていた。しかし、達海なんて名前の友達も、達海のように容姿端麗な顔の友達もいた記憶が無い。
「そのボタン、お母さんが、小学生の時面白い友達から貰ったって言ってたんだ」
「面白い友達、か。確かに面白い姿だったかもな」
面白い姿? さと子にはどういう意味かわからない。
達海は仕事カバンを取り出すと、中から手帳を取り出した。それを開くと、挟まっていた写真をさと子に見せる。映っていたのは少年だ。それも、さと子に似てぽっちゃりな。
「……もしかして、これ達海?」
達海が頷いた。この頃が小学生? 体格が全くそれを感じさせない。中学生と言われても普通に信じてしまいそうだ。目も今に比べて肉で細く、頬やお腹もぷっくりしている。
「本当に、カップ麺しか食べてない?」
さと子の問いに、ごもっともと言わんばかりに達海は笑った。
「ああ。カップ麺が無限大にあったし、外食でも結構食べたからな。お前と一緒で、ストレスが溜まると食に逃げるタイプだったんだ」
「そうだったんだ。それなのによく痩せたね、偉いよ」
「いいや。それで、このボタンはお前と出会った時に落とした物なんだ」
紫色の服を着た、もしくはボタンだけ紫色の服を着た、子供力士みたいな少年。さと子は幼少期を必死に思い出す。
やがて、公園で出会った彼とそっくりな少年のことを思い出した。名前は聞かなかったが、彼とボール遊びをしたことを覚えている。そして、このボタンが彼のお腹から弾け飛んだことも。
「ふふ、思い出したかも。でも、私名前言ったっけ? どうして私がその子だって分かったの?」
「それは……お前が友達から何度も名前を呼ばれてたから」
一度ボール遊びをして以来、記憶が正しければ達海とは遊んだことが無い。しかし、達海はさと子のことを遠くからずっと見つめていたそう。
「一時の幼い恋心だと忘れかけていた。けど、会社で悩んでる時にお前に声をかけられて、その上、当時のあの子だと知った。……正直、あの時からお前のことがずっと好きだった」
達海が本音を口にした瞬間、さと子の顔が赤くなった。達海は少し伸びたカップ麺をすすり、水を一口含む。まだ残っているカップ麺を横に置くと、さと子とは違う方向を見た。
「本当はいるんだろう? 神様」
え? と口を開ける。達海の向く方向を見ると、その場に神様が現れた。
「やれやれ。バレてしまったか」
「え!? あ、あの。どう言うこと?」
――現在の体重、66キロ
「どう? 調子は」
とは聞いてみるものの、達海の顔はまだピンク色だ。恐らく調子は良くないだろう。
「有難う。昨日は助かった」
そう言いながら立ちあがった達海は、フラリと大きく上体を崩した。さと子が慌てて達海の体を掴まえると、布団に座らせる。
「今日は日曜日よ。私は休みなの。もし辛いなら、携帯で休みの電話入れちゃいな」
何時に無く優しいさと子。達海は小さく頷くと、さと子から携帯を返してもらい、上司に休みの連絡を入れた。
「ご飯食べれる? おかゆとかで良い?」
「ああ」
さと子は台所へ移動し、米を湯がく。達海は壁伝いに立ちあがり、何とかちゃぶ台へと移動してきた。
「寝て無くて良いの?」
「此処で食べたいんだ」
「そう。じゃあ、テレビ付けるね」
テレビの電源を入れると、子供向けの番組が始まった。綺麗なお兄さんお姉さんが小さな子供と歌をうたったり、クイズをしたり。若干異様なのは、小さな子供の大喜利だった。当然4~6歳くらいの子供なので、言っていることはとんちんかん。何故この年の子供に大喜利をさせようと思ったのだろう。
兎にも角にも、子供が映っていると妙に和む。穏やかな時間が経過し、さと子は達海の前におかゆを置いた。他人に出した料理だからか、おかゆは米限定なので主食と捉えているのか。おかゆが人に変身することはなかった。
「いただきます」
達海はおかゆを口に含んだ。そして一つ頷く。
「温かい」
「良かった。でもアレでしょ、おかゆじゃ物足りないでしょ」
「良いや。少なくとも、うちの食事に比べれば」
テレビに映る幸せそうな親子を見つめ、寂しそうに達海は言った。
「……親御さん、あまりお家にいなかったの?」
おかゆをすすりながら、達海は頷いた。
「仕事やら付き合いやらってな。親父は働いてるからまだ理解出来た。仕事をしている今なら尚更。けど、母親だけは許せない。何時も母親同士の付き合いとか言って、俺を置いて遊び放題だった」
「もしかしたら、本当に付き合いだったかもしれないんじゃ」
「見たことがあるんだ。昔、母さんが外で違う男と会ってるのを」
暫しの沈黙が流れた。聞こえる音は、テレビの向こうのはしゃぐ子供の声だけだ。
「……そっか」
さと子は切なげに達海を見た。
「1人家に残されて、学校行く前も帰って来る時も、あるのはカップラーメンだけ。たまに外食へ連れて行ってもらったりもしたが、母親の手作りなんて殆ど食べたことが無い。だから、こう言う料理、好きなんだ。特に、お前のは」
達海はおかゆを平らげると、さと子に空になった器を渡した。さと子は笑顔で受け取り、おかゆをついで渡す。
「沢山食べて。元気なったら、もっと味の濃いの作るからね!!」
さと子は明るく達海に言うと、達海は目を閉じて噛みしめるように頷いた。
最悪だ。今日は1日中晴天のはずだったのに、急に雨が勢い良く降りだした。それも、雷と言うオプションを付けて。
達海の体調こそ大分良くなったものの、これでは家に帰れない。しかしまぁそれは良い。それよりも問題なのは……。
「カップ麺しか、無い……」
達海からあんな話を聞いて、カップ麺を出すのはあまりにも酷すぎる。こんな時に限って米はおかゆに全部費やしてしまい、親から送られてきていた乾麺も知り合いにプレゼントしてしまったせいで食材と言う食材が何も無い。
「ああう! どうしようどうしようどうしよう!!」
「どうかしたのか?」
「キィエエエエッ!!!」
「え?」
急に声をかけられて動揺したさと子は、大きな悲鳴を上げた。達海がギョッと1歩後ずさったが、さと子の手元にあるカップラーメンを見ると、事態を察した。
「もしかして、それしか無いのか?」
さと子は面目なさそうに俯いた。達海はさと子からカップラーメンを取ると、首を横へ振った。
「別に、カップラーメンが嫌いなワケじゃない。ただ、1人でインスタントを食べるのが苦手なんだ。お前がいるなら構わないよ」
「何よしおらしい」
2人はちゃぶ台に座ると、ポットの湯をカップラーメンに注いだ。3分後、両手を合わせると2人はカップラーメンをすすった。テレビを付けて無かったこともあり、静かな時間が流れる。
今まで食べ物男子達とは2人きりのこともあったが何かと慌ただしかったり、騒がしかったりとしてあまり相手を意識することは無かった。それだと言うのに、達海といると妙に意識してしまい、ドキドキする。時々目が合うと、その度に逸らしてしまい、何を離せばいいのか迷ってしまう。
「さと子」
名前を呼ばれ、胸が高鳴った。達海の方を見ると、以前ひたし様が持っていた紫色のボタンをテーブルに置いていた。ボタンのことについて言おうとしたが、達海が先に口を開いた。
「お前、どうして俺と話をしようと思ったんだ」
「え?」
「初めて、会った時」
達海に聞かれ、初めて会った時のことを思い出した。
働く階の違う、見た目も性格も違う二人が出会ったのは、さと子が偶然にも上の階へ書類を届ける用事がある時だった。渡す相手は達海のいる場所とは違う場所だったが、彼を見つけたのは、その帰り道でのことだった。
達海は女性達に囲まれていて、困惑気味だったのを覚えている。その時はただ通りすぎただけだったが、その日の帰りに、一階で会社の庭を見つめている彼を見かけた。その表情は、とても疲れているようだった。人間と言うのは利口なもので、こう言う時に限って声をかけない。ただ、彼は今こそ誰かに声をかけて欲しそうな、そんな風に見えた。
「こんにちは」
最初は、そう声をかけたんだったな。
さと子は懐かしい記憶を思い出し、ふっと微笑んだ。
「だって達海、とても辛そうだったんだもん。実際、悩んでたじゃ無い? このまま仕事を続けてて良いのかなって」
「ああ。一人暮らしして、有り合わせの物を食べ続ける生活をしていたら、このままで良いのか。分からなくなってた。けど、お前に相談にのってもらって、本当に感謝している」
「いいっていいって別に! 私だって達海に仕事の相談のって貰ってたしさ」
達海は微笑むと、テーブルに置いていたボタンを持ち上げた。
「それと、これ」
「ああ、それね。知り合いが押し入れの奥から見つけてくれたの」
ひたし様と言うわけにもいかないので、知り合いで誤魔化した。
「その様子じゃ、ピンとはきて無さそうだな」
意味深な言葉に首を傾げる。達海は寂しそうな顔をすると、話を続けた。
「俺は覚えてる。このボタンのこと」
達海が? 何故? さと子は以前の母親との会話を思い出した。母親は、さと子が小学生の頃に友達から貰ったと言っていた。しかし、達海なんて名前の友達も、達海のように容姿端麗な顔の友達もいた記憶が無い。
「そのボタン、お母さんが、小学生の時面白い友達から貰ったって言ってたんだ」
「面白い友達、か。確かに面白い姿だったかもな」
面白い姿? さと子にはどういう意味かわからない。
達海は仕事カバンを取り出すと、中から手帳を取り出した。それを開くと、挟まっていた写真をさと子に見せる。映っていたのは少年だ。それも、さと子に似てぽっちゃりな。
「……もしかして、これ達海?」
達海が頷いた。この頃が小学生? 体格が全くそれを感じさせない。中学生と言われても普通に信じてしまいそうだ。目も今に比べて肉で細く、頬やお腹もぷっくりしている。
「本当に、カップ麺しか食べてない?」
さと子の問いに、ごもっともと言わんばかりに達海は笑った。
「ああ。カップ麺が無限大にあったし、外食でも結構食べたからな。お前と一緒で、ストレスが溜まると食に逃げるタイプだったんだ」
「そうだったんだ。それなのによく痩せたね、偉いよ」
「いいや。それで、このボタンはお前と出会った時に落とした物なんだ」
紫色の服を着た、もしくはボタンだけ紫色の服を着た、子供力士みたいな少年。さと子は幼少期を必死に思い出す。
やがて、公園で出会った彼とそっくりな少年のことを思い出した。名前は聞かなかったが、彼とボール遊びをしたことを覚えている。そして、このボタンが彼のお腹から弾け飛んだことも。
「ふふ、思い出したかも。でも、私名前言ったっけ? どうして私がその子だって分かったの?」
「それは……お前が友達から何度も名前を呼ばれてたから」
一度ボール遊びをして以来、記憶が正しければ達海とは遊んだことが無い。しかし、達海はさと子のことを遠くからずっと見つめていたそう。
「一時の幼い恋心だと忘れかけていた。けど、会社で悩んでる時にお前に声をかけられて、その上、当時のあの子だと知った。……正直、あの時からお前のことがずっと好きだった」
達海が本音を口にした瞬間、さと子の顔が赤くなった。達海は少し伸びたカップ麺をすすり、水を一口含む。まだ残っているカップ麺を横に置くと、さと子とは違う方向を見た。
「本当はいるんだろう? 神様」
え? と口を開ける。達海の向く方向を見ると、その場に神様が現れた。
「やれやれ。バレてしまったか」
「え!? あ、あの。どう言うこと?」
――現在の体重、66キロ