グーグーダイエット
5:肉じゃがのぬくもり
早朝5時。さと子はぐつぐつと具材を煮込んでいた。ほんのり甘じょっぱい匂いがたまらない。お腹が鳴った。料理が完成し、深めのお皿に移し替える。大きくごろごろとした芋が多く入っており、食べればたちまちお腹がいっぱいになりそうな料理。肉じゃがだ。
昨日ひたし様に言われてから、新たな料理も作ってみようと決心したさと子。寝る前に何を食べるか考えた末に、肉と野菜が入っているこの料理に決めた。お弁当にも入れられるので一石二鳥だ。
「肉じゃがとか久々だなぁ。よーし、いっただっきまーす!」
「駄目だめダメッ!!」
久々の肉じゃがに興奮し、思わず魔法のことを忘れいていた。目の前にあった肉じゃがが、白みがかった茶色い髪をし、もこもことした、薄黄色のカシミアのセーターを着た青年に代わっていた。前髪には、さやえんどうデザインのピンが付いて良いアクセントになっている。
「あーそっか。ついご飯を目にすると忘れちゃうんだよなぁ。はじめまして」
「はじめまして、さと子ちゃん。君が料理好きの女子と聞いてから、いずれぼくが呼ばれるであろうことを確信していたよ」
「そうねぇ。肉じゃがって言えば、家庭料理の代表みたいなものだもんね」
さと子が褒めると、「いやぁ~とんでもない」と頭を掻いて照れた。
「そうそう。さと子ちゃんって、親は近くにいる?」
「ううん、ちょっと遠いのよね。私上京してきたから。最近仕事忙しくって会って無いなぁ」
「そう言う時さ、お家が恋しくなったりしない?」
ふと、さと子は家族のことを想像した。この東京で地に足を付けた仕事をして、親に恩返しをする。その一心で上京したが、かれこれ4年も会って無い。幾ら電話をしているとは言え、たまには、直接親の顔を見に行きたいものだ。
「そうね。たまに。でも、最後に親に会った時より大分太ったからな……私だって気付かないかも」
「さと子ちゃん昔痩せてたの? えー信じられないなー」
「あらそう? じゃあ写真見てみる? じゃがくん」
「じゃがくん? はは、ただの芋っころみたいだ。でもそれが一番呼びやすいよねー。うん、写真見たいな」
「ちょっと待っててね」
さと子は隣の部屋のタンスを調べ始めた。今更ながらに、初対面なのに、じゃがくんには家族のような妙な安心感を感じていた。これぞ、家庭の料理の持ち味なのだろう。
「これだ!」
4、5年前のアルバムを見つけ、じゃがくんの元へ戻ると、アルバムを見開いて指をさす。どれどれとじゃがくんが顔を近づけると、指先の人物を見た瞬間に大声を上げた。
「えええっ!? まじで! 本当にこの人なの? 今に比べたら凄く細く見えるけど」
「そうだよ。まぁこの頃は60キロだったからね~」
「何で今そんなに太ってるの?」
「初めはさ、小さなストレスの積み重ねだったの。仕事が上手く出来無くてさー。それで、ついつい食べ過ぎちゃった。それも、肉と甘いものとご飯ばかり。それで、一気にこんなんになっちゃって」
何気なく話すさと子だが、じゃがくんは同情しているようだった。猫背になってさと子を下から見上げてうんうんと話を聞く。
「そう言う人も多いんだよね。初めはそうでも無かったんだけど……って人。やっぱり、食べることは嬉しいし幸せだよね。でも、食べ過ぎるとお腹壊したり気持ち悪くもなるし、体調を崩される食べ物の身になちょっと可哀想。何より、あまり太っちゃうと、やっぱり、色々言われちゃうこともあると思うんだ。無かった?」
さと子は太り始めてからのことを思い出す。会社では、やはり、周りの社員の嫌な声が聞こえてきたりもした。やんわりとした言い方ならば、あの人変わったね。トゲのある言い方ならば、あんな風にはなりたくないね。どちらにせよ、あまり良い意味合いでは無かっただろう。80キロに入った時、子供達にからかわれたこともあったっけ。あの時に関しては、怪獣役をして逆に子供達と仲良くなったんだけれども。思い出の端々を話すと、じゃがくんは時に怒ったり、時に笑ったりと色んな反応を見せてくれた。
「やっぱりね。変な食べ方をされる食べ物も辛い所だけど、何より、欲のままに、体に負担かけて見た目が変わっちゃう人達も可哀想だよ」
「そうなんだよね……」
面目なさそうに笑うさと子。そんなさと子に、じゃがくんは笑顔で首を横に振る。
「でもさ! 太った人の良い所って、痩せようと思えば痩せらるって所なんだよ。目標の体重になるまで、嫌なことたくさんあると思うけど、それを自分の力で乗り越えられる。太るのは食べて動かないだけで良いけど、痩せるには色々しないといけないでしょ? そういうのを自分の力で出来る人ってさ、この先辛いことがあっても、ちゃんと向き合える人だと思うよ」
「じゃがくん……有難うね。ダイエットをやめる気とかはなかったけど、やっぱり時々しんどいなぁって時があるんだ。だから、ちょっと元気になった」
「うんうん。ってかさ、さと子ちゃんこんなに美人なら断然痩せた方が得だよ。それだけの体型じゃん? 服のボタン飛んだりしなかった?」
「わかる~!!」
じゃがくんを指さし、さと子は笑い飛ばした。やっぱりねとじゃがくんもげらげらと笑う。その後も、さと子は自虐的な体験談を話続け、いつの間にか時計の針は7時を指していた。
「いっけない! そろそろお弁当のおかず作っとかないと!!」
「ごめん、ぼくがつい話しかけちゃったから」
「いいのいいの! 何だか、まるで弟と話してるみたいで楽しかったから」
「ううん、これはぼくも悪いから。ぼくが作るよ」
じゃがくんは急いで壁にかかっていたエプロンと頭巾を取り、それを巻いて被ると急いでフライパンを取り出し、素早く冷蔵庫から食材を取り出した。そのスピードは、さと子の動きの3倍速くらいはある。そのスピードと料理の巧みさは圧巻だが、それよりもさと子が気になったのは元は肉じゃがの彼が、別の料理を作っているこの違和感であった。
「出来たよ。量もあるし、さと子ちゃんにぴったりじゃないかな。でも、今回はお弁当箱のこと考えて無かったから、タッパーに入れないと駄目かも。ごめんっ!」
このスパイシーな香りは……さと子はフライパンの中身を見た。中には、これまた家庭的なカレールーが入っていた。それも、カレー粉と小麦粉で作られた、懐かしいルーだ。
「おいしそ~! 持ってく! 絶対持ってって食べる!!」
「良かった……それじゃあ、さと子ちゃんが朝ごはん食べる時間無くなっちゃうから、そろそろ戻るね!」
じゃがくんがテーブルの前まで行ってさと子に手を振ると、肉じゃがの姿に戻った。
「ああ! じゃがくん今日は本当に有難う。普通に愚痴とか聞いてもらったり、くだらない話に付き合ってもらったり……本当に家族みたいだったよ。美味しそうな料理まで作ってもらっちゃったし……いただきますっ!」
箸を持ち、まずはホクホクのじゃがいもを食べる。芋が口の中ですぐ崩れ、芋に染みたダシが口の中に広がっていく。肉の脂身や、ニンジンや玉ねぎの自然の甘味が良い具合に混ざり合ったダシは、なめらかで優しい味がする。さやえんどう豆のプチッとした食感も楽しい。この肉じゃがは、よく母が作ってくれていたものだ。その肉じゃがに、色々なアドバイスを受ける日がくるとは、思ってもみなかったな。つい感慨深くなる。
「ご馳走様でした。カレーも美味しく頂くからねっ!」
「美味しく頂いて下さいね」
「ええっ!?」
そう言えばカレーの存在を忘れていたが、いつの間にかタッパーの中にあったカレーライスが空っぽになっていた。その代わりに、茶色のスーツにトリルビーの帽子を被った、天然パーマの男性が隣にいた。あごヒゲをたくわえており、今まで見た中では一番大人で落ち着きがありそうだ。だが、見れば見る程どこがカレーライスなのか分からない。
「おはようございます。さと子さん」
低音の素敵な声で挨拶をされる。おはようどころか眠ってしまいそうになる程落ち着いた声だ。
「では、早速会社へと行きましょう。着替えは貴方がご飯を食べている間に用意しておきました」
男性が手を伸ばすと、その先には畳まれたスーツが置かれていた。
「あ、有難う……ございます」
「いえ。ですが、そろそろ急ぎましょう。時間がありません」
男性がさと子のスマートフォンの画面をつけると、現在の時間が表示された。その数字に、さと子も慌てて飛び上がる。
「やっば!!」
急いで隣の部屋へ移動し、慌ててスーツを着るものの、スーさん並に特徴的な、カレーライスの男性の風貌や、存在感が気になって仕方がないさと子であった。
――現在の体重93キロ
昨日ひたし様に言われてから、新たな料理も作ってみようと決心したさと子。寝る前に何を食べるか考えた末に、肉と野菜が入っているこの料理に決めた。お弁当にも入れられるので一石二鳥だ。
「肉じゃがとか久々だなぁ。よーし、いっただっきまーす!」
「駄目だめダメッ!!」
久々の肉じゃがに興奮し、思わず魔法のことを忘れいていた。目の前にあった肉じゃがが、白みがかった茶色い髪をし、もこもことした、薄黄色のカシミアのセーターを着た青年に代わっていた。前髪には、さやえんどうデザインのピンが付いて良いアクセントになっている。
「あーそっか。ついご飯を目にすると忘れちゃうんだよなぁ。はじめまして」
「はじめまして、さと子ちゃん。君が料理好きの女子と聞いてから、いずれぼくが呼ばれるであろうことを確信していたよ」
「そうねぇ。肉じゃがって言えば、家庭料理の代表みたいなものだもんね」
さと子が褒めると、「いやぁ~とんでもない」と頭を掻いて照れた。
「そうそう。さと子ちゃんって、親は近くにいる?」
「ううん、ちょっと遠いのよね。私上京してきたから。最近仕事忙しくって会って無いなぁ」
「そう言う時さ、お家が恋しくなったりしない?」
ふと、さと子は家族のことを想像した。この東京で地に足を付けた仕事をして、親に恩返しをする。その一心で上京したが、かれこれ4年も会って無い。幾ら電話をしているとは言え、たまには、直接親の顔を見に行きたいものだ。
「そうね。たまに。でも、最後に親に会った時より大分太ったからな……私だって気付かないかも」
「さと子ちゃん昔痩せてたの? えー信じられないなー」
「あらそう? じゃあ写真見てみる? じゃがくん」
「じゃがくん? はは、ただの芋っころみたいだ。でもそれが一番呼びやすいよねー。うん、写真見たいな」
「ちょっと待っててね」
さと子は隣の部屋のタンスを調べ始めた。今更ながらに、初対面なのに、じゃがくんには家族のような妙な安心感を感じていた。これぞ、家庭の料理の持ち味なのだろう。
「これだ!」
4、5年前のアルバムを見つけ、じゃがくんの元へ戻ると、アルバムを見開いて指をさす。どれどれとじゃがくんが顔を近づけると、指先の人物を見た瞬間に大声を上げた。
「えええっ!? まじで! 本当にこの人なの? 今に比べたら凄く細く見えるけど」
「そうだよ。まぁこの頃は60キロだったからね~」
「何で今そんなに太ってるの?」
「初めはさ、小さなストレスの積み重ねだったの。仕事が上手く出来無くてさー。それで、ついつい食べ過ぎちゃった。それも、肉と甘いものとご飯ばかり。それで、一気にこんなんになっちゃって」
何気なく話すさと子だが、じゃがくんは同情しているようだった。猫背になってさと子を下から見上げてうんうんと話を聞く。
「そう言う人も多いんだよね。初めはそうでも無かったんだけど……って人。やっぱり、食べることは嬉しいし幸せだよね。でも、食べ過ぎるとお腹壊したり気持ち悪くもなるし、体調を崩される食べ物の身になちょっと可哀想。何より、あまり太っちゃうと、やっぱり、色々言われちゃうこともあると思うんだ。無かった?」
さと子は太り始めてからのことを思い出す。会社では、やはり、周りの社員の嫌な声が聞こえてきたりもした。やんわりとした言い方ならば、あの人変わったね。トゲのある言い方ならば、あんな風にはなりたくないね。どちらにせよ、あまり良い意味合いでは無かっただろう。80キロに入った時、子供達にからかわれたこともあったっけ。あの時に関しては、怪獣役をして逆に子供達と仲良くなったんだけれども。思い出の端々を話すと、じゃがくんは時に怒ったり、時に笑ったりと色んな反応を見せてくれた。
「やっぱりね。変な食べ方をされる食べ物も辛い所だけど、何より、欲のままに、体に負担かけて見た目が変わっちゃう人達も可哀想だよ」
「そうなんだよね……」
面目なさそうに笑うさと子。そんなさと子に、じゃがくんは笑顔で首を横に振る。
「でもさ! 太った人の良い所って、痩せようと思えば痩せらるって所なんだよ。目標の体重になるまで、嫌なことたくさんあると思うけど、それを自分の力で乗り越えられる。太るのは食べて動かないだけで良いけど、痩せるには色々しないといけないでしょ? そういうのを自分の力で出来る人ってさ、この先辛いことがあっても、ちゃんと向き合える人だと思うよ」
「じゃがくん……有難うね。ダイエットをやめる気とかはなかったけど、やっぱり時々しんどいなぁって時があるんだ。だから、ちょっと元気になった」
「うんうん。ってかさ、さと子ちゃんこんなに美人なら断然痩せた方が得だよ。それだけの体型じゃん? 服のボタン飛んだりしなかった?」
「わかる~!!」
じゃがくんを指さし、さと子は笑い飛ばした。やっぱりねとじゃがくんもげらげらと笑う。その後も、さと子は自虐的な体験談を話続け、いつの間にか時計の針は7時を指していた。
「いっけない! そろそろお弁当のおかず作っとかないと!!」
「ごめん、ぼくがつい話しかけちゃったから」
「いいのいいの! 何だか、まるで弟と話してるみたいで楽しかったから」
「ううん、これはぼくも悪いから。ぼくが作るよ」
じゃがくんは急いで壁にかかっていたエプロンと頭巾を取り、それを巻いて被ると急いでフライパンを取り出し、素早く冷蔵庫から食材を取り出した。そのスピードは、さと子の動きの3倍速くらいはある。そのスピードと料理の巧みさは圧巻だが、それよりもさと子が気になったのは元は肉じゃがの彼が、別の料理を作っているこの違和感であった。
「出来たよ。量もあるし、さと子ちゃんにぴったりじゃないかな。でも、今回はお弁当箱のこと考えて無かったから、タッパーに入れないと駄目かも。ごめんっ!」
このスパイシーな香りは……さと子はフライパンの中身を見た。中には、これまた家庭的なカレールーが入っていた。それも、カレー粉と小麦粉で作られた、懐かしいルーだ。
「おいしそ~! 持ってく! 絶対持ってって食べる!!」
「良かった……それじゃあ、さと子ちゃんが朝ごはん食べる時間無くなっちゃうから、そろそろ戻るね!」
じゃがくんがテーブルの前まで行ってさと子に手を振ると、肉じゃがの姿に戻った。
「ああ! じゃがくん今日は本当に有難う。普通に愚痴とか聞いてもらったり、くだらない話に付き合ってもらったり……本当に家族みたいだったよ。美味しそうな料理まで作ってもらっちゃったし……いただきますっ!」
箸を持ち、まずはホクホクのじゃがいもを食べる。芋が口の中ですぐ崩れ、芋に染みたダシが口の中に広がっていく。肉の脂身や、ニンジンや玉ねぎの自然の甘味が良い具合に混ざり合ったダシは、なめらかで優しい味がする。さやえんどう豆のプチッとした食感も楽しい。この肉じゃがは、よく母が作ってくれていたものだ。その肉じゃがに、色々なアドバイスを受ける日がくるとは、思ってもみなかったな。つい感慨深くなる。
「ご馳走様でした。カレーも美味しく頂くからねっ!」
「美味しく頂いて下さいね」
「ええっ!?」
そう言えばカレーの存在を忘れていたが、いつの間にかタッパーの中にあったカレーライスが空っぽになっていた。その代わりに、茶色のスーツにトリルビーの帽子を被った、天然パーマの男性が隣にいた。あごヒゲをたくわえており、今まで見た中では一番大人で落ち着きがありそうだ。だが、見れば見る程どこがカレーライスなのか分からない。
「おはようございます。さと子さん」
低音の素敵な声で挨拶をされる。おはようどころか眠ってしまいそうになる程落ち着いた声だ。
「では、早速会社へと行きましょう。着替えは貴方がご飯を食べている間に用意しておきました」
男性が手を伸ばすと、その先には畳まれたスーツが置かれていた。
「あ、有難う……ございます」
「いえ。ですが、そろそろ急ぎましょう。時間がありません」
男性がさと子のスマートフォンの画面をつけると、現在の時間が表示された。その数字に、さと子も慌てて飛び上がる。
「やっば!!」
急いで隣の部屋へ移動し、慌ててスーツを着るものの、スーさん並に特徴的な、カレーライスの男性の風貌や、存在感が気になって仕方がないさと子であった。
――現在の体重93キロ