絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
記憶のない昨日

12月27日  追いかけても届かない

12月27日


 いない。

 待って。

 行かないで。

 どこにいるの?

 ごめん、私が悪かった。

 謝るから、言う通りにするから!

 お願いだから。

 お願いだから! 私を捨てないで!!


 目が開いた瞬間、息ができないほど、心臓が苦しいほどに高鳴っていた。

 一瞬、現実がどこだか分からなくなる。

 目を何度も瞬かせて考える。

 今日は仕事の日………?

 汗が気持ち悪いが、落ち着いて、考える。 

 そう……仕事。
 
 ここは、巽の家……。

 そうだ。巽のベッドだ……。

 昨日が12月26日で、今日が27。

 昨日の巽は明らかに素っ気なかった。それを全身で感じたせいで、あんな夢を見たんだろう。

 隣の白いシーツを見て、溜息をつく。

 朝起きて、隣に誰もいないことはよくある。

 リビングで新聞を読んでいればまだマシで、既に仕事に出ていることもある。

 忙しいから仕方ないって、どこまで通じるんだろう……。

 考えても、思い通りになるわけじゃないことは、この5年で多く学んだ。

 それでも、好きだから仕方ない。

 それでも……私が一緒に居たいんだから仕方ない。

 そう、自分に言い聞かせてキングサイズのベッドから降りた。

 下着をつけて、軽くバスローブを羽織る。

 一瞬、このバスローブを若い烏丸が羽織っている姿が頭を過った。

 まさか。

 そんなはずはない。

 それはそれで、解決したはずだ。

 考えても、仕方がない。

 ただの妄想で喉が痛くなったが、涙をこらえて、リビングへ向かう。
 
 ………予想通り、いない。

 ただ広い部屋は暖かく、暖房をつけてくれている。

 それは、巽なりの優しさのつもりなのか。

 そんなことより、仕事に行くなら行くって、言って欲しいのに……。

 大きな窓から外を見た。午前6時なのに、まだ外は暗い。しかもとても、寒そうだ。

 こんな寒い中、仕事へ行くのは嫌だ。

 仕事も、最近は順調なものの、スキップして行きたいわけではない。昔のように、仕事が好きで仕方なかった自分が懐かしくて、羨ましい……。

 ふと、目の中に巽のセルシオが見えた。

 何か用があったけど帰って来たんだ!!

 一気に嬉しさで舞い上がり、慌ててバスローブを脱いでさっと着替える。

 すぐに玄関を開けて外へ出て、廊下を走った。ロビーで待って、驚かせよう。

 しかしエレベーターは既に1つ下の階から下がっている。これでは間に合わない。

 香月は、すぐに決断すると、急いで階段を走り下りた。




 玄関の扉が開く音を不審に思った巽は、書斎から出て玄関の靴を確認した。

 こんな朝方に出て行くとは、何があったか。早出の出社を思い出したのだろうか。

 念のために、寝室を確認しに行く。

 やはり、バスローブから服に着替えて出て行ったようだが、しかしスーツが残っている。

 何か、買い物でも思い出したか……携帯はそのまま置いて行ったようだ。

 書斎で仕事をしていると気遣って1人買い物に出たか……なら、ふてくされて、寒かったと帰って来るだろう。

 それにしても、こんな朝から一体何を……。

 仕事前に揃えておかねばならないような物でも思い出したのか。

 少々心配になりながらも、しばらく待ってみようと、サーバーでコーヒーを沸かす。新聞を手に取り、活字を視線で追うが、何故か頭には入って来ない。

 イライラした気持ちに痺れを切らすように、立ち上がる。と、サイレンの音が近づいて来る音が聞こえた。

 窓から外を見ると、音が鳴りやんだ救急車が、マンションに入って行く所だった。

「……」

 まさか。

 まさか、エントランスで車に跳ねられたりして……。

 そんなまさか、スピードを出せないエントランスで車に跳ねられるなど……。

 嫌な予感がする。

 そんなはずはないのに、気持ちが悪い。

 鼓動を押さえ、玄関で靴を履き、外へ出てエレベーターへと急ぐ。

 すると、階段の方で人の声が聞こえた。

 慌てて、下を覗く。が、何も見えない。逸る気持ちを抑えきれずに、階段をどんどん先に下り進んでいく。

「……これ、このままでいいんかよ……」

「動かすとダメってテレビで言ってたよ!」

「おーい、救急車来たよ!! 今こっちまわしてくれてる!!」

「良かった―、結構早く来たな」

「にしても全然動かないな……あ」

 掃除婦と、受付の女性、エントランスのボーイ達が階段の踊り場で取り囲んでいたのは。 

「愛!!!!!」

 頭から血を流していた、香月そのものだった。


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