絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
1月5日 忘れられた最愛の人
1月5日
「何がなんだかよく分からない」と、久司に言うと
『大丈夫。分からない時は誰かに聞けばいい。聞いて、受け入れられない時はすぐに納得しなくていい。
今は30歳だけど、心は25歳なんだ。それはそれでいいんだよ。20過ぎてからの5年なんて、大したことはない』
そう言われて随分気が楽になった。
その証拠に、今病室で日がな一日のんびりテレビを見られるのがちょっと嬉しくなっていたりする。
家族もよく差し入れを持って来てくれるし、久司はいるし、昨日はぐっすり眠れた。安心だ。
ただ、仲の良い人が数人見舞いに来てくれていないのが気にかかる。
だけど、私がこんな状態だから、記憶が戻るまでもう少し待っていようと思っていようと思っているのかもしれない。
携帯電話をそろそろ開こうかとも思うが、メールを見たら見たで色々ショックを受けるかもしれず、それが怖くてまだそんな気にはなれない。
そういう不安な時は久司が隣にいて欲しい。
その久司は今日は休みだと言っていたので、病室には来ないかもしれない。外来を持っていない榊にとって、シフトがどうなっているのかよくは分からないが、休みなら来ないだろうと、今日は1日中弟に借りて来てもらったビデオを見ることに決めていた。
「起きてる?」
しかし、その予想に反して、午前10時。久司は白のコートに白のパンツという目立つ衣装で現れた。さすが、久司。コーディネートが、またそれらしい。
「あれ、今日休みなのにお見舞い来てくれたのね」
「ちょっと話したいことがあってね」
「何?」
検査結果は随分前に聞いて、あれから特に検査は何もしていない。
「あまり、深く考えずに聞いて。考えても思い出せないと思うから」
ベッドの端に腰かけ、ゆっくり目を見てくれる。そうされると、昔恋人同士だったことを思い出し、恋愛感情を一瞬盛り返したりもするが、幸か不幸か、今は不安定な状態を支えてくれる医師としてしか見られない。
「うん」
「いい? 俺は、嘘はつかない」
「うん」
そこで、久司はすっと息を吸ってから声を出した。
「愛には恋人がいるんだ」
まさか久司では!? という予感が走り、ただ目と口を開いた。
「巽さん、という人だ」
「たつみ?」
私は一気に顔を逸らして、名前を復唱した。
「目覚めた時には病室に居たんだけど、覚えてない?」
「あー……兄が覚えてないかって言ってたわね。うんうん、その時のことは覚えてるけど、顔はよく見てなかったから……え、恋人……」
恋人……恋人……。
「うん、5年前に知り合って、4年くらい付き合ってる」
「久司もその人のことを知ってるの?」
「俺が見たのは一度かな。偶然2人で病院に、知り合いの見舞いに来てるところに出くわした」
「病院で? 誰のお見舞いだろ……」
「さあ……そこまでは。夜中に事故したと聞いて、2人で手術室の前で待ってた」
「えー……全然覚えてない……」
少し頭痛がしたので、慌てて考えるのをやめる。
その、考えるのをやめる。というのが難しくてまだ慣れてはいないが、無心でいられるように心がけることが少しだけできるようにはなってきた。
深呼吸を一度して、天井を見上げる。大丈夫、覚えていなくても、問題はない。
「……恋人って、どんな人?」
私は、気を取り直して会話を再開させた。
「……実は、早くから愛に会いたいと言ってたけど、思い出そうとして酷い頭痛がして、倒れるといけないから、思い出すのをセーブできるようになるまで少し待ってもらってた。
けど、毎日俺に電話はかけてきてるよ。今日の様子がどうだったか」
「……昨日も話したの?」
「昨日は、宮下さんが来た話をした」
「宮下店長のことを知ってるの?」
「そうだね。どのくらいの知り合いかは俺は知らないけど」
「何て言ってた?」
「そろそろ会えませんかと言われたから、今日話してみると伝えてある。愛がいいなら、いつでも会いに行くと言っていたよ」
「……私のこと、愛って呼んでるの?」
「……そうだったかな。多分。聞き流してたからちょっと思い出せないけど」
「エレクトロニクスの人?」
「いや、違う。お兄さんが言うには、同業者だって。その業界では有名な人らしい」
「えっ!? 兄の知り合い!? ……紹介でもしてもらったのかしら……。他には? 何歳?」
「……さあ……年までは」
「兄くらい?」
「あぁ、そういえばそうかな見た目は。でも、実際は分からない。少なくとも、愛よりは年上だとは思うけど」
「あそう……」
自分が今まで好きだった人を思い浮かべてみる。俳優や芸能人、そして、久司……。4年も付き合ってたんだから、変な人じゃないはず。だけど、何かのはずみですごい禿げてたり、デブだったりしたら……。しかも兄の知り合いって何でそんな事に。でも余計なことをべらべら喋る兄に聞く前には会っておきたい。
「……会う気になったら言って。いつでも連絡できる」
そう言いながら久司は立ち上がろうとしたので、
「待って。会ってみる。会ってみたらもしかしてひょっと私何か、思い出すかも……しれない?」
期待して久司に聞いたが、やはり彼は医師で。
「あまりそういう期待は持たない方がいい。純粋に会ってみたいなら会えばいい。大丈夫、愛のことを心配してくれている人だよ。ちゃんとサポートしてくれるはずだ」
「何がなんだかよく分からない」と、久司に言うと
『大丈夫。分からない時は誰かに聞けばいい。聞いて、受け入れられない時はすぐに納得しなくていい。
今は30歳だけど、心は25歳なんだ。それはそれでいいんだよ。20過ぎてからの5年なんて、大したことはない』
そう言われて随分気が楽になった。
その証拠に、今病室で日がな一日のんびりテレビを見られるのがちょっと嬉しくなっていたりする。
家族もよく差し入れを持って来てくれるし、久司はいるし、昨日はぐっすり眠れた。安心だ。
ただ、仲の良い人が数人見舞いに来てくれていないのが気にかかる。
だけど、私がこんな状態だから、記憶が戻るまでもう少し待っていようと思っていようと思っているのかもしれない。
携帯電話をそろそろ開こうかとも思うが、メールを見たら見たで色々ショックを受けるかもしれず、それが怖くてまだそんな気にはなれない。
そういう不安な時は久司が隣にいて欲しい。
その久司は今日は休みだと言っていたので、病室には来ないかもしれない。外来を持っていない榊にとって、シフトがどうなっているのかよくは分からないが、休みなら来ないだろうと、今日は1日中弟に借りて来てもらったビデオを見ることに決めていた。
「起きてる?」
しかし、その予想に反して、午前10時。久司は白のコートに白のパンツという目立つ衣装で現れた。さすが、久司。コーディネートが、またそれらしい。
「あれ、今日休みなのにお見舞い来てくれたのね」
「ちょっと話したいことがあってね」
「何?」
検査結果は随分前に聞いて、あれから特に検査は何もしていない。
「あまり、深く考えずに聞いて。考えても思い出せないと思うから」
ベッドの端に腰かけ、ゆっくり目を見てくれる。そうされると、昔恋人同士だったことを思い出し、恋愛感情を一瞬盛り返したりもするが、幸か不幸か、今は不安定な状態を支えてくれる医師としてしか見られない。
「うん」
「いい? 俺は、嘘はつかない」
「うん」
そこで、久司はすっと息を吸ってから声を出した。
「愛には恋人がいるんだ」
まさか久司では!? という予感が走り、ただ目と口を開いた。
「巽さん、という人だ」
「たつみ?」
私は一気に顔を逸らして、名前を復唱した。
「目覚めた時には病室に居たんだけど、覚えてない?」
「あー……兄が覚えてないかって言ってたわね。うんうん、その時のことは覚えてるけど、顔はよく見てなかったから……え、恋人……」
恋人……恋人……。
「うん、5年前に知り合って、4年くらい付き合ってる」
「久司もその人のことを知ってるの?」
「俺が見たのは一度かな。偶然2人で病院に、知り合いの見舞いに来てるところに出くわした」
「病院で? 誰のお見舞いだろ……」
「さあ……そこまでは。夜中に事故したと聞いて、2人で手術室の前で待ってた」
「えー……全然覚えてない……」
少し頭痛がしたので、慌てて考えるのをやめる。
その、考えるのをやめる。というのが難しくてまだ慣れてはいないが、無心でいられるように心がけることが少しだけできるようにはなってきた。
深呼吸を一度して、天井を見上げる。大丈夫、覚えていなくても、問題はない。
「……恋人って、どんな人?」
私は、気を取り直して会話を再開させた。
「……実は、早くから愛に会いたいと言ってたけど、思い出そうとして酷い頭痛がして、倒れるといけないから、思い出すのをセーブできるようになるまで少し待ってもらってた。
けど、毎日俺に電話はかけてきてるよ。今日の様子がどうだったか」
「……昨日も話したの?」
「昨日は、宮下さんが来た話をした」
「宮下店長のことを知ってるの?」
「そうだね。どのくらいの知り合いかは俺は知らないけど」
「何て言ってた?」
「そろそろ会えませんかと言われたから、今日話してみると伝えてある。愛がいいなら、いつでも会いに行くと言っていたよ」
「……私のこと、愛って呼んでるの?」
「……そうだったかな。多分。聞き流してたからちょっと思い出せないけど」
「エレクトロニクスの人?」
「いや、違う。お兄さんが言うには、同業者だって。その業界では有名な人らしい」
「えっ!? 兄の知り合い!? ……紹介でもしてもらったのかしら……。他には? 何歳?」
「……さあ……年までは」
「兄くらい?」
「あぁ、そういえばそうかな見た目は。でも、実際は分からない。少なくとも、愛よりは年上だとは思うけど」
「あそう……」
自分が今まで好きだった人を思い浮かべてみる。俳優や芸能人、そして、久司……。4年も付き合ってたんだから、変な人じゃないはず。だけど、何かのはずみですごい禿げてたり、デブだったりしたら……。しかも兄の知り合いって何でそんな事に。でも余計なことをべらべら喋る兄に聞く前には会っておきたい。
「……会う気になったら言って。いつでも連絡できる」
そう言いながら久司は立ち上がろうとしたので、
「待って。会ってみる。会ってみたらもしかしてひょっと私何か、思い出すかも……しれない?」
期待して久司に聞いたが、やはり彼は医師で。
「あまりそういう期待は持たない方がいい。純粋に会ってみたいなら会えばいい。大丈夫、愛のことを心配してくれている人だよ。ちゃんとサポートしてくれるはずだ」