絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
「四対さんって四対財閥の息子と同じ名前なんですが、そうなんですよね? 

ネットで写真とプロフィールが載ってて一致してるから……」
 
ふと思い出して聞いてみる。

「あぁそうだ。千は裏千家の息子だ」

「……じゃあその……私がわざわざそこまでしなくても、どっちかっていうのは変だけど、せめてその、千さんに払ってもらえばよかったんじゃないですか?」

「そうだな……。

だがお前は何を思ったか、自分が払うと言ったんだ。

それで会社を辞めた。結局辞表は受理されずに休職扱いになっていたようだが」

「え何で……全然分からない」

 思い出そうとするとすぐに頭痛が始まる。セーブできるようになった分、セーブできない難題になると、すぐに酷くなる。

「……おそらく、それほどの仲だったんだろう。佐伯とその子供の様子を見て、二千万肩代わりをしなければならないと感じたんだろう」

「……その、千さんという人には借りられないと思ったのかな……。四対さんは貸してくれそうだけど」

「……どちらも貸してはくれるだろうが、借りる気がしなかったんだろう」

「それだけ安心できない人だったっていうことなんですか?」

 子供がいる女に二千万使わせておいて、離婚したけど放っておくだなんて、どうせ金持ちの碌でもない男に決まっている。

「……いや、お前の正義感の問題だろう。人に頼りたくなかった、の一言に尽きると思うが」

「そっか……。佐伯と子供が幸せそうだったのかな……。けどそしたら何で離婚したんだろう」

「さあ、そこまでは。夫婦の問題など他人には分からんからな」

 それはそうかもしれない。

 佐伯が結婚、かあ……。私、結婚式には行ったのかな。

「結局、借金は二千二百万になり、二千万は千が払って二百万は俺が払った」

「えっ!?…………利子かなんかですか?」

「そうだな。その類だ。正当な所から借りていたが、利子というのはどこでもつく」

「そうですね……。すみません、お金、返します。

二百万くらいならどうにかなるかもしれないから……。

すぐには無理かもしれないけど……必ず」

「…………」

 巽は何に不満を感じたのか溜息を吐いた。

「あっ、すみません、知らなくて。

あの、すぐにという話なら、どうにかすれば大丈夫かもしれないです……」

「いや、それはいい。そんなものはいい」

「でも、でも、実際私が作った借金です。そんな……二百万でも大金です」

「結婚するというのに、借りるも返すもないだろ」

 合わせた視線を逸らせなかった。

「今はまだその気がないのは分かっている。それでも俺は待つつもりだ」

「…………」

 待つと、言われても……。

 そんなこと、言われたって……。

「まあいい。

 話を元に戻す」

 ほっとして、香月は顔ごとずらした。

「借金を返済し終わった後は、元のエレクトロニクスで働いていた。

宮下さんがよくしてくれていたんだと思う。

 だがその、今度は西野という男が不正を起こしてな。

その疑惑がお前にかかるように工作されていた。それを暴いてくれたのは宮下さんだ」

「そんなちょっと待って!! なんで西野さんが不正なんか起こさなくちゃいけないんですか!? しかも、どんな不正?」

「金がなかったことは確かなようだ。男手1人で子供を抱えていくのも不安だったんだろう」

「嘘……そんなでも、何で私に不正を……嘘……そんなこと……一体どうやって……」

 そうだ。二千万の借金が先に立って、宮下に不正の内容を聞くのを忘れていた。

「なんでそんな……まさか、佐伯もそれに関わっているんですか?」

「育児休暇中なら直接は関わっていないのだろうが、金がないのは同じだろう。

おそらく、慰謝料を払っているはずだからな。前の旦那に」

「あそうか……不倫だから……。じゃあなんでその、千さんと再婚しないんですか? 離婚した意味って何ですか?」

「裏千家は名のある家でしかも旧家だ。長男の嫁がバツイチ子持ちなど、なかなか許される道理はないだろう」

「じゃあそんな、最初から分かってて……そんななんで、何で何で……何やってんのよもう……」

 項垂れる他、ない。

「……その上、西野と佐伯は俺に金を借りに来ている。

もちろん貸してはいないが。

そういうヤツらとはもう付き合わない方がいい。

佐伯も復帰しても、関わらない方が身のためだ」

「…………」

 冷たい人だなと感じた。

 だけれども、お金を借りに、西野と佐伯が自分の所に来たら、私は果たして払えるだろうか。

「…………」

「お前の周りには成功者が多い。そういう輩に取りつかれるとやっかいだ。お前自身、身を滅ぼすぞ」

「……それって一体どういう意味ですか?」

 突然そんなことを言われても、わけが分からない。
 
 私は、勇気を持って目の前の相手を睨んだ。

「…………」

 気難しい上に、難しい事ばかり言う人だ。

 私は、一体この人のどこが好きだったんだろう。

 この人の何が良かったんだろう。

 本当に恋人だったんだろうか。

「……飯は食ってるか?」

「え……」

思いよらぬ質問にさっと顔を緩ませた。

「退院してから調子はどうだ?」

 突然普通の会話になり、言葉に困りながらも

「……普通、です……」

「頭痛はするのか?」

「今ですか?」

「今もするのか?」

 巽が少し表情を変えたので、

「いえ……今は」

 と嘘をつく。頭痛がしてすぐに帰りたいなど、とても言わせてはくれそうにない。

「……頭痛がするんなら帰ろう。飯はまた今度で良い」

 言いながら、巽は立ち上がり、襖の中のハンガーから上着を取り出した。

 頭痛に気付いた……。

「……」

 香月は、座った位置から巽を見上げた。

「帰ろう」

 テーブルをまわってこちら側来ると右手をさっと伸ばした。その手は大きい。

「………」

 帰ろうったって……。

 どこに……。

 一緒になんか……。

 考えすぎたせいで、頭が俯いていた。

「……」

 巽は、一瞥するとすぐに手を引っ込めて入口へ進んだ。

 そうやって手を伸ばされても……。

今の私は……この人の思っているような人じゃない。

 今の私は今の私であって……。

「頭痛が治ったら飯に行こう……」

「…………」

 何を答えて良いのか分からず、ただ無言になった。

「……それが俺の今の望みだ」

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