絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
2月8日

「マジ!?」

「うん」

 ここで香月は、絶対ナイショだよ!!の一言を言うまいか、言えばまるで信用していないみたいなので言うのが嫌だったが、これだけは絶対にどこで言われてもマズイので

「絶対ナイショだよ!!」

と、念を押した。

 仕事帰りの居酒屋で、目の前のサラダを目を見開いたまま見つめる山瀬 美月は、頷くより先に

「もちろん!! いやまさか……、本当に……」

と、人事異動、店舗増設の話を巡り返して再び目を逸らす。

 入社して上辺だけ仲良くなった女性は数人いたが、今一番信頼できる、友人とも呼べそうな人物は山瀬だけだった。

 香月が食品部門のサブチーフになったばかりの日、同じく食品部門の新任木岡チーフのフォロー役として山瀬が挨拶に来たのだが、ベテラン赤坂にかなり攻め口を叩かれていたのを後で慰めたのが始まりだ。

 店で唯一の存在であるマネージャーの須藤は山瀬を色々兼任させることで、穴を埋めていたようだがそれが結局中途半端になり、山瀬自身も頭を抱えていた頃のことだった。

 自分も宮下のフォロー、レジフォロー、販売フォローなどをしていたが、それがもし周囲によく思われていなく、更に正面切って言われたら嫌だっただろう。

 そう思うと、「赤坂さんはなんとか抑えるから、どうにか木岡チーフをフォローしてほしい。私にもあなたの気持ちは少しだけども、ちゃんと分かる」と言わずにはいられなかった。

 実際赤坂は手ごわいと感じていたので、香月自身も最初から押さえており、山瀬の分もとなるとしんどかったが、自分以外にそれができる人間はいないと自覚し、幾度も上司である木岡チーフにも痛みを分け合ってもらってどうにかしてきた。

 しかも、それももう終わる。

 赤坂とも離れられることを思い出した香月は、肩の荷が下りる先が見えたことに、今突如としてほっとした。

 山瀬は、すぐに落ち着きを取り戻したのか、「マジ」の言葉を即封印し、

「ということは、勝己エリアマネは単身?」

 第一に発する質問としては、おかしい。

「……いや、家族で異動するけど家をどうしようって言ってたよ。というか、なんでそこが気になるの?」

「私、勝己エリアマネの奥さんと仲が良くて。奥さんは南エリアでパートでいるんだけど。最初は社員だって、見初められての結婚、妊娠、出産って勝ち組の王道」

「、それ、勝ち組なの?」

 本社の人間に見初められる、という感覚が少し嫌だと感じた香月は少し眉を歪めた。

「もちろん!! 本社の人と結婚するって、しかもそれで復帰するって……」

 山瀬はしばらくぶりにフォークを動かし、口に運ぶ。

「本社の人、ねえ……」

「エレクトロニクスは違うの?」

「そんな、本社の人を神みたいに扱わないからね」

「神、じゃないけど」

 山瀬は笑ったが、外から見れば神扱いに等しい気がする。

「じゃあ、勝己エリアマネとも仲いいの?」

「そっちは全然。話は聞くけど……当たり障りないことくらいかな。趣味の話とか」

「趣味、何?」

 ゴルフ……とか?

「えー……これと言った趣味は……うーん。うーん」

「なんだ。ゴルフとかいうのかと思った」

「そんな暇ない感じ。まあ、お酒が好きとかそういう話かな」

 山瀬は香月よりも5つほど若い。が、上司に当たる。なので本来はこちらが敬語を遣うべきだが、最初のフォローの話もあり、プライベートはお互い敬語はやめよう、と早くから話がついたのでそこに甘えさせてもらっている。

 おそらく、勝己エリアマネの奥さんとも、そういう感じなのだろう。

「ということは、奥さんがうちでパートで働くのかな?」
 
 エレクトロニクスでも、そのパターンはあった。

「かなあ……。やりにくいのかな、どうなのかな」

「…………でも、普通にしてたらマネとパートなら職場では会わないだろうしね」

「うん。マネの奥さんでもちゃんとパートの立場が分かる人だし。周りの人も嫌な気しないと思うよ。多分」

「食品部門の赤坂さんとだけは、合わないようにしてほしいよね」

「そこはマネがちゃんとするでしょ。いいなあ、私も……」
 
 山瀬の口調が少し変わったので、

「……須藤マネ? とか?」

 打倒だと思われるところから攻めてみる。

「絶対ない! うーん、うーん……」

 ということはおそらく、棟方サブマネのことでも頭をよぎったのではないかなと思ったが、それ以上口を開かなかったので、その話はまたの機会にしておこうと思う。
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