絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
2月17日
四対財閥社長というものに、一体どれほどの価値があるのかは分からない香月にとって、四対 樹とのカフェタイムはただのサラリーマン同士のお茶会にすぎない……と思っているが。
「この前ナッツのアイスが好きだって言ってたから乗せてみた」
と、自社である四対ヒルズビルのカフェを自由に使い、メニューのデザートプレートもいとも簡単に操作してみせる辺りは、やはり普通のサラリーマンではない。
昼間1時間確実に時間が取れるから、カフェでも、と誘い、高級なスーツをピシっときこなし、足を組む姿は正に様になっているが、ダークオレンジのネクタイだけを見れば若々しさが漂い、6つも年下だったことを思い出させる。
しかし若いといえど、さすがに24には見えない。大学を卒業し実家を継いだと言えば簡単だが、大臣ととの会食や、ゴルフなど聞いていれば、もちろんただ者ではない。
「……ありがとう」
休みなしで働いている四対とはあまり時間が合うことはない。特に年末年始は連絡もほとんどなかったせいで久しぶりとも言える会話である。
「彼氏とはどう?」
時々聞いてくるが、返しはたいてい決まっている。
「彼氏、なのかなあ」
「会ったりは?」
「うーん、最後に会ったのは1か月くらい前かな。最近休みは女子会だし」
「会社の女子?」
「うん。ようやく友達できた感じ」
「ふーん」
「会社もまあまあうまくいっててね。あ、お盆明けは休みくれることになったの。多分だけど」
「おー、どっか行く?」
巽と同じ返しなのに、なんとなく戸惑ったが、
「うーん、海外……」
「オーストラリアだろ?」
四対は目を見て続けた。
「オーストラリア行きたいって何回も言ってた」
「私が?」
「あぁ。いんじゃね? この際だからオーストラリア」
「……」
2人で? ……3人で?
「他に行きたいとこあんのかよ?」
「うーん……ないけど」
「じゃ、行くか」
「いや、待って、待って。本当に休みくれるかどうかわかんないし」
「どういう流れでお盆明けの休みになったんだよ」
「うーんと」
あまり社内情報を漏らしてはいけない。
「秋あたりから忙しくなるだろうから、その前に休みとったらいいよって」
「あぁ。新店がどうとかって、その店だったのか」
新店じゃないけど……それに近い。
「じゃあ、取れよ。取っても文句言われねえよ」
「だけど……。だけどさあ。あの、その……」
「何?」
四対はコーヒーカップ片手に上目遣いでこちらを見た。
「その……あの人にも旅行に誘われてるから、3人でどうかなーって」
と、とりあえず全員誘ってみる。
「ど、どういう良識してるんだよ」
さすがの四対も引いたが、
「いやまあ、だって。でも、それもいっかなーって。うん。別に悪くないかなって」
「…………考えとくわ」
と四対が言った場合、どういうことなのかは分からない。
けど、こちら的には、3人でも4人でも、海外に行ければなんでもいいかと思っているのも確かだ。
ふと、店の定員の視線を感じて顔を上げた。
社長とお茶を飲んでいるんだから、当然か……。当の四対はこれといった表情は見せないが、内心では隅々まで視察しているに違いない。
そんな気を許さない状況でのお茶会。よほど、会って話がしたかったのだろうか。
旅行の話をしていると、すぐに1時間はすぎた。
「下まで送る」
時間があったのか、一緒にエレベーターに乗り込んできた。人は誰もいない。
「……さっきの、3人って話どのくらい本気なわけ?」」
四対は表示を見ながら聞く。
「え、いやあ……」
何も考えていなかったので、思いがけず間が空いた。
「……せっかくだから人数多い方が楽しいかなと思った程度で」
すぐにエレベーターは着く。
扉が開くと、同時に遠くに見える顔がこちらを捉えている。香月は思わず頭を下げた。
「誰?」
四対は小さく口を動かせる。
「上司」
短く答えてから、エレベーターホールに近づいてきていた勝己の方へ寄った。
「こんなところでお会いするなんて」
「じゃぁ、俺はこれで」
四対の声が聞こえて、慌てて振り返る。
「うん」
彼はすぐにエレベーターに乗り込んだ。
「悪い、邪魔したかな」
無表情にも、離れた四対を目で追いながら、勝己が聞く。
「いえ、もう帰るところでしたので。勝己さんは?」
「私は家族と」
勝己は後ろを振り返ったが、それらしい人は見えない。しかし、わざわざ聞き直すような事でもなく。
「そうですか。じゃあ、また」
別に話をすることもないし、面倒な世間話もしたくない、とすぐにその場を去った。
四対財閥社長というものに、一体どれほどの価値があるのかは分からない香月にとって、四対 樹とのカフェタイムはただのサラリーマン同士のお茶会にすぎない……と思っているが。
「この前ナッツのアイスが好きだって言ってたから乗せてみた」
と、自社である四対ヒルズビルのカフェを自由に使い、メニューのデザートプレートもいとも簡単に操作してみせる辺りは、やはり普通のサラリーマンではない。
昼間1時間確実に時間が取れるから、カフェでも、と誘い、高級なスーツをピシっときこなし、足を組む姿は正に様になっているが、ダークオレンジのネクタイだけを見れば若々しさが漂い、6つも年下だったことを思い出させる。
しかし若いといえど、さすがに24には見えない。大学を卒業し実家を継いだと言えば簡単だが、大臣ととの会食や、ゴルフなど聞いていれば、もちろんただ者ではない。
「……ありがとう」
休みなしで働いている四対とはあまり時間が合うことはない。特に年末年始は連絡もほとんどなかったせいで久しぶりとも言える会話である。
「彼氏とはどう?」
時々聞いてくるが、返しはたいてい決まっている。
「彼氏、なのかなあ」
「会ったりは?」
「うーん、最後に会ったのは1か月くらい前かな。最近休みは女子会だし」
「会社の女子?」
「うん。ようやく友達できた感じ」
「ふーん」
「会社もまあまあうまくいっててね。あ、お盆明けは休みくれることになったの。多分だけど」
「おー、どっか行く?」
巽と同じ返しなのに、なんとなく戸惑ったが、
「うーん、海外……」
「オーストラリアだろ?」
四対は目を見て続けた。
「オーストラリア行きたいって何回も言ってた」
「私が?」
「あぁ。いんじゃね? この際だからオーストラリア」
「……」
2人で? ……3人で?
「他に行きたいとこあんのかよ?」
「うーん……ないけど」
「じゃ、行くか」
「いや、待って、待って。本当に休みくれるかどうかわかんないし」
「どういう流れでお盆明けの休みになったんだよ」
「うーんと」
あまり社内情報を漏らしてはいけない。
「秋あたりから忙しくなるだろうから、その前に休みとったらいいよって」
「あぁ。新店がどうとかって、その店だったのか」
新店じゃないけど……それに近い。
「じゃあ、取れよ。取っても文句言われねえよ」
「だけど……。だけどさあ。あの、その……」
「何?」
四対はコーヒーカップ片手に上目遣いでこちらを見た。
「その……あの人にも旅行に誘われてるから、3人でどうかなーって」
と、とりあえず全員誘ってみる。
「ど、どういう良識してるんだよ」
さすがの四対も引いたが、
「いやまあ、だって。でも、それもいっかなーって。うん。別に悪くないかなって」
「…………考えとくわ」
と四対が言った場合、どういうことなのかは分からない。
けど、こちら的には、3人でも4人でも、海外に行ければなんでもいいかと思っているのも確かだ。
ふと、店の定員の視線を感じて顔を上げた。
社長とお茶を飲んでいるんだから、当然か……。当の四対はこれといった表情は見せないが、内心では隅々まで視察しているに違いない。
そんな気を許さない状況でのお茶会。よほど、会って話がしたかったのだろうか。
旅行の話をしていると、すぐに1時間はすぎた。
「下まで送る」
時間があったのか、一緒にエレベーターに乗り込んできた。人は誰もいない。
「……さっきの、3人って話どのくらい本気なわけ?」」
四対は表示を見ながら聞く。
「え、いやあ……」
何も考えていなかったので、思いがけず間が空いた。
「……せっかくだから人数多い方が楽しいかなと思った程度で」
すぐにエレベーターは着く。
扉が開くと、同時に遠くに見える顔がこちらを捉えている。香月は思わず頭を下げた。
「誰?」
四対は小さく口を動かせる。
「上司」
短く答えてから、エレベーターホールに近づいてきていた勝己の方へ寄った。
「こんなところでお会いするなんて」
「じゃぁ、俺はこれで」
四対の声が聞こえて、慌てて振り返る。
「うん」
彼はすぐにエレベーターに乗り込んだ。
「悪い、邪魔したかな」
無表情にも、離れた四対を目で追いながら、勝己が聞く。
「いえ、もう帰るところでしたので。勝己さんは?」
「私は家族と」
勝己は後ろを振り返ったが、それらしい人は見えない。しかし、わざわざ聞き直すような事でもなく。
「そうですか。じゃあ、また」
別に話をすることもないし、面倒な世間話もしたくない、とすぐにその場を去った。