絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
2月28日
人事異動の通達が流れた一週間後、山瀬と香月は早々に勝己マネの奥さんと食事をする段取りを取り付けた。といっても、早々、と考えているのは香月だけで、山瀬にとってはいつも通りのランチだそうだ。
ラインのグループを作ってもらい3人で仲良くなろうと始まったメールは、嫌な気一つ起こさず今に至る。どうやら山瀬が言うように、本当に普通の人のようだ。
勝己マネの自宅までは、山瀬宅から車で一時間半以上かかるが、いつも山瀬が車で南エリアままで行き、近くのカフェへ入り、そのまま別れるという流れだそうだ。子供を抱える主婦は時間が限りあるようで、独身が出向くのが当然だそう。
独身の時からの知り合いだそうで、そこに、勝己マネの奥さんだから、という上下関係がどうも存在しないのが逆にしっくりこないなと思いながら、香月は山瀬の隣助手席に座り、仕事の話を一通り終えたところで勝己マネ宅に乗り付けた。
さすが、住宅街に建つまだ新しい家は白い壁が印象的で、とても綺麗である。芝生の庭もちゃんとあるし、庭には小さな滑り台もある。完璧な文句のつけようがない、幹部の邸宅だ。
「ありがとう、遠くから。
初めまして、香月さん」
すぐに自宅から出て来た勝己 香織(かつみ かおり)は、まだ若い。香月よりも一つ年下だというが、勝己マネよりも10近くは下だろう。
3月の上旬、ベージュのニットに春らしいピンクのスカートを合わせた香織は、センスもよく、若奥様という言葉がぴったり当てはまる。その瞳も理知的で仕事ができることは、間違いなさそうだ。
「初めまして、香月です」
運転席の後ろへそのまま乗り込んだ美月は、
「良かったー、北エリアで仕事って初めてだから。最初に顔合わせができて、本当良かった」
「辞令が出た瞬間メールしたの、良かったでしょ」
山瀬は言う。
「あの日丁度夫婦で休みでさ。隣でパパが、笑ってたよ。さっそく女子会議かって」
「女子会ならぬ女子会議」
山瀬も笑った。
「まあでも、必要不可欠よね」
幹部の奥さん、という雰囲気をみじんも出さない香織は、まるでパートの人柄だ。
「香月さんのことは、主人からも、聞いてるわ。エレクトロニクスから良い人が来てくれたって喜んでたよ」
「い、いえいえ。そんな……」
それを一々出されると、肩身が狭くなる。
「いやもう、いいのよ。あんまり気を遣わないで。私の主人は、勝己マネージャーだけど、私はただのパートだから」
「いえ……」
「南エリアの被服はどう?」
山瀬がさりげなく、話題を変えてくれる。
「どうって、私もパートで復帰してから3か月だからなんともだけど。次は日用品だしね」
「日用品はいい人が揃ってると思うよ。チーフも今のままだし、その上のサブマネは棟方さんだし」
ちら、と山瀬の顔を見る。どうという話でもなさそうだ。
「にしても今回は家電、家具、貴金属のサブマネを1人でするって思い切ったよね。サブマネを1人切って4人体制」
「女性のサブマネですよね」
香月はさりげなく言った。
「草薙サブマネ。今S店のマネだからねー。でも、サブマネより、マネってタイプな気がするよねえ」
と、香織がのんびり言う中、山瀬は、
「私はそれより、SSチームの方が合ってると思うけど」
SSチームとは、10名ほどの部下と共に各店を回り、それぞれの店の手助けをするチームで、自由行動をしたがる精鋭が集められている。昔、そのリーダーが草薙だったようだ。今は大柄の坂東という男が引き継いでいるらしい。
「着いた」
山瀬はようやくシートベルトを外す。香月と待ち合わせをしてから既に、2時間近く走り続けていた。
「ここ来たかったのよー」
香織は言いながら車から降りた。南ステーキハウスと、その名の通りの店は平日の昼間のわりに混雑している。
「やっぱ予約しといて正解だったわ」
香織を先頭に中へ入る。芸能人の色紙が数枚レジ付近に飾られた店は、まだ新しそうだし、色紙の年月日も3年以内だ。
個室に案内され、3人は入る。自然に香織の隣に山瀬が腰かけ、対面して香月が座った。予約していたので五千円のランチはすぐに運ばれ、それぞれ写真を撮影しして、すぐに話を戻した。
「須藤マネって内心どう思ったのかなあ……」
山瀬が一番に口を開く。
通告を受けた顔を直視していた香月だったが、それは言ってはいけないような気がして黙るこことにする。
「まあでも、あの人も落ち着いてるから」
香織はさらりと言ってのけた。
「内心怖いよ。一番レベルの高い家電と家具だけでなく、異例の貴金属まで担当する草薙サブマネがしかも自分より10も若い女性なんて……その辺りをなんとも思わなかったとは、到底思えない」
山瀬の問いに、香織が答える。
「大丈夫だと思うよ。修羅場くぐってる人だから。嫌味とかそんなのを言う人じゃないし。そもそも、草薙さんができる人だからね」
「草薙さんって、女性との仲はどうなんですか?」
なんとなく気になったので、香月は聞いたが、2人は、「うーん」とうなったっきりになった。
「詳しいことは、私は知らないなあ。話聞いて、顔は見たことあるけど」と、山瀬。
「私も同じ感じ。仲良い人もいるんだろうけど。SSチームの時は坂東さんと仲良くて、付き合ってるんじゃないかって話もあったけど、違ったみたい」
「えー!! なんか、草薙サブマネって男性に興味なさそうなのに!
女性キャリアウーマンって感じで。美人だけど、けどあんまりそういうことには興味なさそう。しかも社内の坂東さんってめちゃくちゃ、意外。でっかくて、力任せな感じで…それよりはインテリ系か……せめてインテリ系なら分かるけけど」
山瀬は、全て肉を見ながら答えた。
「モテるとは思うけど、あえて坂東さん……は選ばないかって感じ」
香織も、ごはんを綺麗に口に運ぶ。
「仕事中でもなんか、男を足蹴りにしてそうなイメージ」
山瀬は笑ったが。
男性に興味がなさそうで、美人で足蹴りにしてそうなイメージって、SM女王的な雰囲気だろうかと思ったが、まだ口にはできない。
「まあでも、うちのサブマネ辺りには興味はなさそうよね、少なくとも」
「確かに」
山瀬が頷いて、いったん沈黙が訪れる。
香月的には、マネである最重要人物、勝己のことを聞きたかったが、奥方に聞く内容がどうしても思い浮かばず、話題が頭の中から出て来ない。
「香月さん……って、呼ぶのも堅苦しいから、えっと、名前は愛さんだったよね? 愛ちゃんでいい? 同じ店だし」
香織がようやく
「あ、はい」
「あの、敬語はいいからね。店だと上下関係厳しいから、ここくらいはいいでしょ」
香織はにこやかに笑ってくれる。
「エレクトロニクスではどんな感じだったの? 友人関係とか」
といえば、佐伯のことしか出てこない。
「……、そもそも、店での上下関係がそれほど厳しくなかったから、プライベートの時も変わらず敬語だった……かな」
語尾を柔らかくタメ口にしてみる。
「へー、お店ではどんな感じ? 普通の言葉でしゃべるの?」
香織に話すということは、勝己マネまで持っていかれるということを意識して話す。
「あ、いや、敬語は敬語ですけど。それほどきつくはないというか……なんというか、変な意味じゃないですけど、ここは、上の言ったことは絶対みたいな……いや、エレクトロニクスも基本はそうなんですけど、こう……、マネが通ると頭を下げるとか、そういうのはなかったです」
「そうなんだねー、そこに疑問を持ったことはなかったわ」
でも確かに、普通の会社だと、上司が通ったら廊下で頭を下げるのは当然だ。
ましてや突然、見舞いに行くと言って、上司の家でゲームをするなどということはないだろう。
「でも、そういうのに一番厳しいのはうちのパパかも」
香織はさらりと答えた。
良かった、仕事前に情報がもらえて。
「気を付けます」
普通に答えたが、
「いや、そういう意味で言ったんじゃないのよ!! 」
笑ってくれたが、山瀬が間髪入れずに話題を変えてくれる。
「愛ちゃんって、彼氏いる? なんか、どさくさに紛れて愛ちゃんって呼んだけど」
「いや……いないです」
が、正しい。
「えー、独身なんだから楽しんじゃえばいいのにー」
香織は笑った。
「独身だからって、楽しめるわけじゃないのよ。何回も言うけど」
山瀬はいつものように答えた。
「いいじゃん、棟方サブマネ」
どんぴしゃを突いてきたので、驚いて山瀬を見た。
「悪いとは思わないけど、そこまでは……」
いいと思っている、という雰囲気だ。
「私もいいと思います……いやその、いいと思ってるわけではないですけど! 仕事上すごくしっかりしているというか!!」
「え、愛ちゃんのタイプ?」
香織は聞くが、
「いえ、私より年下だと思いますし」
「あぁ、年下ダメ?」
「あんまり考えたことないです」
「うーんじゃあ……」
「今の店の中で誰が一番いいと思いますか? 新メンバーでもいいですけど」
香織の言葉を引き継ぐように山瀬が聞いた。
「えー……」
香月は、考えたこともなかったので、椅子に深くかけて、残った肉のソースを眺めた。
「うーん……」
宮下がいたら、宮下かもしれない。でも、店でどうと聞かれても……そういう目で見たことがある人がいない。
「難問ですね」
では許してはくれず、
「この人が一番マシ、という人でいいから」
山瀬は引かない。だが、そう言われれば一番棟方がマシなような気がするが、それだけは言いたくなかったので、
「……春野さん、優しいし、男前だと思います……かね……」
既に結婚しているし、一番無難なところを突いたと思ったが、
「春野チーフ!? また意外なところを……」
香織はあまり納得がいかないようだが、
「けどうちの店でって言ったら打倒」
山瀬は納得いったようだ。香月は更に続けて、
「お父さん的な安心感があると思います」
「お父さん、まあ確かに、お父さんよねえ……。昔は無茶してたけど」
香織の言葉は確かに頷ける。女性にモテたとは思う。昔は。
「店でとっかえひっかえ?」
山瀬の問いに、
「お客も含めてね」
「へー」
山瀬と香月の声が被った。
「でももう……15年くらい前の話だから。今は関係ないよね」
香織はそう締めくくった。
確かに、それだけ年数が経っていれば人は変わっているだろう。
「で、あなたは棟方サブマネ?」
香織は顎を上げて聞く。山瀬は顔を合わせず、
「いいとは思うよ、いいとは。でもそれは、みんな思ってると思う」
「……す、素敵そうな人ですよね」
山瀬が困っていそうなので、助け船を出したが、
「でも、狙わないであげてね」
香織はにっこり笑顔で制してくる。
「はい、もちろん」
香月も、山瀬に視線を向けながら柔らかに答えた。
人事異動の通達が流れた一週間後、山瀬と香月は早々に勝己マネの奥さんと食事をする段取りを取り付けた。といっても、早々、と考えているのは香月だけで、山瀬にとってはいつも通りのランチだそうだ。
ラインのグループを作ってもらい3人で仲良くなろうと始まったメールは、嫌な気一つ起こさず今に至る。どうやら山瀬が言うように、本当に普通の人のようだ。
勝己マネの自宅までは、山瀬宅から車で一時間半以上かかるが、いつも山瀬が車で南エリアままで行き、近くのカフェへ入り、そのまま別れるという流れだそうだ。子供を抱える主婦は時間が限りあるようで、独身が出向くのが当然だそう。
独身の時からの知り合いだそうで、そこに、勝己マネの奥さんだから、という上下関係がどうも存在しないのが逆にしっくりこないなと思いながら、香月は山瀬の隣助手席に座り、仕事の話を一通り終えたところで勝己マネ宅に乗り付けた。
さすが、住宅街に建つまだ新しい家は白い壁が印象的で、とても綺麗である。芝生の庭もちゃんとあるし、庭には小さな滑り台もある。完璧な文句のつけようがない、幹部の邸宅だ。
「ありがとう、遠くから。
初めまして、香月さん」
すぐに自宅から出て来た勝己 香織(かつみ かおり)は、まだ若い。香月よりも一つ年下だというが、勝己マネよりも10近くは下だろう。
3月の上旬、ベージュのニットに春らしいピンクのスカートを合わせた香織は、センスもよく、若奥様という言葉がぴったり当てはまる。その瞳も理知的で仕事ができることは、間違いなさそうだ。
「初めまして、香月です」
運転席の後ろへそのまま乗り込んだ美月は、
「良かったー、北エリアで仕事って初めてだから。最初に顔合わせができて、本当良かった」
「辞令が出た瞬間メールしたの、良かったでしょ」
山瀬は言う。
「あの日丁度夫婦で休みでさ。隣でパパが、笑ってたよ。さっそく女子会議かって」
「女子会ならぬ女子会議」
山瀬も笑った。
「まあでも、必要不可欠よね」
幹部の奥さん、という雰囲気をみじんも出さない香織は、まるでパートの人柄だ。
「香月さんのことは、主人からも、聞いてるわ。エレクトロニクスから良い人が来てくれたって喜んでたよ」
「い、いえいえ。そんな……」
それを一々出されると、肩身が狭くなる。
「いやもう、いいのよ。あんまり気を遣わないで。私の主人は、勝己マネージャーだけど、私はただのパートだから」
「いえ……」
「南エリアの被服はどう?」
山瀬がさりげなく、話題を変えてくれる。
「どうって、私もパートで復帰してから3か月だからなんともだけど。次は日用品だしね」
「日用品はいい人が揃ってると思うよ。チーフも今のままだし、その上のサブマネは棟方さんだし」
ちら、と山瀬の顔を見る。どうという話でもなさそうだ。
「にしても今回は家電、家具、貴金属のサブマネを1人でするって思い切ったよね。サブマネを1人切って4人体制」
「女性のサブマネですよね」
香月はさりげなく言った。
「草薙サブマネ。今S店のマネだからねー。でも、サブマネより、マネってタイプな気がするよねえ」
と、香織がのんびり言う中、山瀬は、
「私はそれより、SSチームの方が合ってると思うけど」
SSチームとは、10名ほどの部下と共に各店を回り、それぞれの店の手助けをするチームで、自由行動をしたがる精鋭が集められている。昔、そのリーダーが草薙だったようだ。今は大柄の坂東という男が引き継いでいるらしい。
「着いた」
山瀬はようやくシートベルトを外す。香月と待ち合わせをしてから既に、2時間近く走り続けていた。
「ここ来たかったのよー」
香織は言いながら車から降りた。南ステーキハウスと、その名の通りの店は平日の昼間のわりに混雑している。
「やっぱ予約しといて正解だったわ」
香織を先頭に中へ入る。芸能人の色紙が数枚レジ付近に飾られた店は、まだ新しそうだし、色紙の年月日も3年以内だ。
個室に案内され、3人は入る。自然に香織の隣に山瀬が腰かけ、対面して香月が座った。予約していたので五千円のランチはすぐに運ばれ、それぞれ写真を撮影しして、すぐに話を戻した。
「須藤マネって内心どう思ったのかなあ……」
山瀬が一番に口を開く。
通告を受けた顔を直視していた香月だったが、それは言ってはいけないような気がして黙るこことにする。
「まあでも、あの人も落ち着いてるから」
香織はさらりと言ってのけた。
「内心怖いよ。一番レベルの高い家電と家具だけでなく、異例の貴金属まで担当する草薙サブマネがしかも自分より10も若い女性なんて……その辺りをなんとも思わなかったとは、到底思えない」
山瀬の問いに、香織が答える。
「大丈夫だと思うよ。修羅場くぐってる人だから。嫌味とかそんなのを言う人じゃないし。そもそも、草薙さんができる人だからね」
「草薙さんって、女性との仲はどうなんですか?」
なんとなく気になったので、香月は聞いたが、2人は、「うーん」とうなったっきりになった。
「詳しいことは、私は知らないなあ。話聞いて、顔は見たことあるけど」と、山瀬。
「私も同じ感じ。仲良い人もいるんだろうけど。SSチームの時は坂東さんと仲良くて、付き合ってるんじゃないかって話もあったけど、違ったみたい」
「えー!! なんか、草薙サブマネって男性に興味なさそうなのに!
女性キャリアウーマンって感じで。美人だけど、けどあんまりそういうことには興味なさそう。しかも社内の坂東さんってめちゃくちゃ、意外。でっかくて、力任せな感じで…それよりはインテリ系か……せめてインテリ系なら分かるけけど」
山瀬は、全て肉を見ながら答えた。
「モテるとは思うけど、あえて坂東さん……は選ばないかって感じ」
香織も、ごはんを綺麗に口に運ぶ。
「仕事中でもなんか、男を足蹴りにしてそうなイメージ」
山瀬は笑ったが。
男性に興味がなさそうで、美人で足蹴りにしてそうなイメージって、SM女王的な雰囲気だろうかと思ったが、まだ口にはできない。
「まあでも、うちのサブマネ辺りには興味はなさそうよね、少なくとも」
「確かに」
山瀬が頷いて、いったん沈黙が訪れる。
香月的には、マネである最重要人物、勝己のことを聞きたかったが、奥方に聞く内容がどうしても思い浮かばず、話題が頭の中から出て来ない。
「香月さん……って、呼ぶのも堅苦しいから、えっと、名前は愛さんだったよね? 愛ちゃんでいい? 同じ店だし」
香織がようやく
「あ、はい」
「あの、敬語はいいからね。店だと上下関係厳しいから、ここくらいはいいでしょ」
香織はにこやかに笑ってくれる。
「エレクトロニクスではどんな感じだったの? 友人関係とか」
といえば、佐伯のことしか出てこない。
「……、そもそも、店での上下関係がそれほど厳しくなかったから、プライベートの時も変わらず敬語だった……かな」
語尾を柔らかくタメ口にしてみる。
「へー、お店ではどんな感じ? 普通の言葉でしゃべるの?」
香織に話すということは、勝己マネまで持っていかれるということを意識して話す。
「あ、いや、敬語は敬語ですけど。それほどきつくはないというか……なんというか、変な意味じゃないですけど、ここは、上の言ったことは絶対みたいな……いや、エレクトロニクスも基本はそうなんですけど、こう……、マネが通ると頭を下げるとか、そういうのはなかったです」
「そうなんだねー、そこに疑問を持ったことはなかったわ」
でも確かに、普通の会社だと、上司が通ったら廊下で頭を下げるのは当然だ。
ましてや突然、見舞いに行くと言って、上司の家でゲームをするなどということはないだろう。
「でも、そういうのに一番厳しいのはうちのパパかも」
香織はさらりと答えた。
良かった、仕事前に情報がもらえて。
「気を付けます」
普通に答えたが、
「いや、そういう意味で言ったんじゃないのよ!! 」
笑ってくれたが、山瀬が間髪入れずに話題を変えてくれる。
「愛ちゃんって、彼氏いる? なんか、どさくさに紛れて愛ちゃんって呼んだけど」
「いや……いないです」
が、正しい。
「えー、独身なんだから楽しんじゃえばいいのにー」
香織は笑った。
「独身だからって、楽しめるわけじゃないのよ。何回も言うけど」
山瀬はいつものように答えた。
「いいじゃん、棟方サブマネ」
どんぴしゃを突いてきたので、驚いて山瀬を見た。
「悪いとは思わないけど、そこまでは……」
いいと思っている、という雰囲気だ。
「私もいいと思います……いやその、いいと思ってるわけではないですけど! 仕事上すごくしっかりしているというか!!」
「え、愛ちゃんのタイプ?」
香織は聞くが、
「いえ、私より年下だと思いますし」
「あぁ、年下ダメ?」
「あんまり考えたことないです」
「うーんじゃあ……」
「今の店の中で誰が一番いいと思いますか? 新メンバーでもいいですけど」
香織の言葉を引き継ぐように山瀬が聞いた。
「えー……」
香月は、考えたこともなかったので、椅子に深くかけて、残った肉のソースを眺めた。
「うーん……」
宮下がいたら、宮下かもしれない。でも、店でどうと聞かれても……そういう目で見たことがある人がいない。
「難問ですね」
では許してはくれず、
「この人が一番マシ、という人でいいから」
山瀬は引かない。だが、そう言われれば一番棟方がマシなような気がするが、それだけは言いたくなかったので、
「……春野さん、優しいし、男前だと思います……かね……」
既に結婚しているし、一番無難なところを突いたと思ったが、
「春野チーフ!? また意外なところを……」
香織はあまり納得がいかないようだが、
「けどうちの店でって言ったら打倒」
山瀬は納得いったようだ。香月は更に続けて、
「お父さん的な安心感があると思います」
「お父さん、まあ確かに、お父さんよねえ……。昔は無茶してたけど」
香織の言葉は確かに頷ける。女性にモテたとは思う。昔は。
「店でとっかえひっかえ?」
山瀬の問いに、
「お客も含めてね」
「へー」
山瀬と香月の声が被った。
「でももう……15年くらい前の話だから。今は関係ないよね」
香織はそう締めくくった。
確かに、それだけ年数が経っていれば人は変わっているだろう。
「で、あなたは棟方サブマネ?」
香織は顎を上げて聞く。山瀬は顔を合わせず、
「いいとは思うよ、いいとは。でもそれは、みんな思ってると思う」
「……す、素敵そうな人ですよね」
山瀬が困っていそうなので、助け船を出したが、
「でも、狙わないであげてね」
香織はにっこり笑顔で制してくる。
「はい、もちろん」
香月も、山瀬に視線を向けながら柔らかに答えた。