絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
4月1日
 人事異動発令当日の4月1日、香月は特に食べたくもないラーメン屋に来ていた。

 誘ってくれたのは、サブマネージャーの鳴丘で、修理チーフ春野もいる。

 鳴丘は倉庫、配送センター、修理と男くさい男性陣を統括する長であるが、本人は至って綺麗好きで女子力が高いらしく、今も、テーブルと水が入ったコップの間にナプキンを挟み込んでいる。

 長身に折れそうなほど細い線の体つきは力仕事など全く向いていないようで、明るめの茶色の髪の毛は長く、ちゃらちゃらした印象だが、年はおそらく40は過ぎているだろう。

「夜のラーメンは大敵だよー」

って、そしたら何故ラーメン屋に集合にしたのか。

 隣の春野はもう少し若いだろうが、逆に落ち着いた印象で、胸板の厚さから分かるように身体付きがよく、少し長めの前髪も似合っている。これが、昔はモテたという所以だ。

 休みの中、子供を寝かしつけてきたという春野と、子供の塾の送り迎えは今日は奥さんに任せたという鳴丘は、香月とは違って貴重な時間をつぶしたようだった。

「うーん、やっぱラーメンはやめとこう」

 と言いながらメニューをチャーハンのみを注文した鳴丘と、

「俺も一回食ったから」

 と言い、同じくチャーハンを注文する春野、そして

「あまり食べながら話はしたくない」

と思う香月は、ボックス席でとりあえずチャーハンを口にしながら話を始めた。

 店で一応連絡先などは交換しているので、初対面ではないが改まって目の前にすると、口数は少なくなってしまう。しばらく男2人が今日の仕事の報告をし合ってからようやく、

「香月さんはエレクトロニクスから来たんでしょ?」

と、お決まりの質問で鳴丘が話しかけてくれた。

「はい。最終は中央店の倉庫にいました」

「その前は?」

「本社です。入社した時からしばらく……2,3年は店にいて、本社の営業に行って。体調を悪くしてしばらく休んだりしたんですけど、最終的には半年くらい倉庫に行きました」

「修理は?」

「もともと小さな店にいたので、一通りのことはできます」

「パッと見てどう?」

「どう……。家電専門とはまた違うと思います。だから、何とも。だから、正直自信ないです。勝己マネージャーは新しい倉庫のシステムがなんとかって言ってましたけど、そんな大それたここと、本当に……」

 言い終わらないうちに、今度は春野が、

「他店の倉庫とか見たことある?」

「はい、いくつか。ロジも見学に行きました。でも場所によって様々ですが、今のリバティの状態を劇的に変えるほどの良いシステムが思いついているわけではありません」

「まあ、今がめちゃくちゃ不便ということはないからね」

 鳴丘は言う。

「でも、エレクトロニクスは大型商品は配送センターからしか出ません。でもリバティは、どの店からも配達できるから、かなりの強みだと思います」

「まあ、そこはよく言われるよね。まあ、エレクトロニクスよりは店舗数が少ないというのはあるけれど。

 でも、俺達は急いでシステムをどうこうとは思ってないよ。他社のアイデアでよければ採用しようと思ってるくらいだから」

 鳴丘は早口気味に言った。癖なのかもしれない。

「そう勝己マネも一緒だと思うよ。あの時は大げさに言ったらしいけど、すぐどうこうできるわわけじゃないし」

 春野も同じく頷いた。

「……安心しました」

 随分気持ちが楽になる。

「まあ、倉庫は人がいいから、上と違ってギスギスしてない。けど、顔合わせも大事だし、あさって香月の都合がよかったら、何人かで集まろうかと思ってる」

 鳴丘は笑顔で誘ってくれた。

「あ、大丈夫です」

「俺と、春野と、香月、あとは倉庫周辺やらなにやら」

「……はい」

「なにやらって何?」

 春野は笑わず、訝しむ。

 だが、鳴丘はそれには答えず、

「全然わかんないと思うけど、大丈夫だから。ただ、一番大事なのは寅丸さん」

「はい、そうだと思います」

「定年したから今日からはシニアになる大ベテラン。サブチーフの山城は寅丸さんの弟子みたいなもんだから、扱いづらい時はあるけど、仕事はできる。

 寅丸さんは、基本書類作業はやらない。だから、山城がデスクワークは全部やってきたら、山城に教えてもらうといいよ。

 逆に寅丸さんには現場を任せられる。文句も言ってくるけどね。それが助かる。寅丸さんが定年でいなくなったら痛いよ。だからその後を絶対山城が継いでもらわないといけない、とは本社にも言ってある。本人の意思も倉庫一筋、だから、そうそう異動ははないと思う。

 寅丸さんがいるから働きに来てるってヤツも多くて、現場の要だから。だからみんなよく仕事して、残業もなし。今年もその前も残業なしランキング1位の部門だから」

 鳴丘は相当の早口で一気に喋り切った。何かにせかされているようで、少し焦ったが、おそらく癖なのだろう。春野は静かに聞くに徹している。

 リバティでは、色々な賞があり、各部門ごとで一年ごとに表彰されていて副賞が出る。残業なしランキングというのも存在するユニークなアイデアだ。が。

 何やら出来上がっている部のチーフにいきなりなって大丈夫だろうか、周りからの反発はないだろうか……、というか、山城がチーフに上がれば良かったのではないか。それが上がれなかった理由が、扱いづらいと時がある、というところにあるのだろうか。

 話せば話すほど疑問が出るし、それを解決する方法が見つからない。

 香月は、なんとなく理解したようなふりをし、とりあえず、水を口に含んだ。
< 30 / 44 >

この作品をシェア

pagetop