絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
4月3日

「まあ、今日はとりあえず飲みましょう」 

の、鳴丘の一言でその宴会は始まった。大衆居酒屋で、畳に大テーブルを囲んでの、男だらけの会が。

「そやけど自分は貴金属ゆー感じではないよな」

 さっそく笑いながら、定年してシニアになった寅丸が、貴金属のサブチーフに配属されたばかりの杉本に言う。

 寅丸は小さな巨人というキャッチフレーズがあるらしく、身長165センチの小柄で優しい面面影のおじさんだ。

「自分でもわかってます。いらっしゃいませーっゆーただけやのに、大根売った方が似合うって2回も言われましたからねこの3日で。まあ、言ったのは全部同じ人ですけど」

 丸顔で色白のコロンとした体形の杉本だが、愛嬌が良い分、貴金属が似合いにくいという難点があるようだ。

「大根、分かる分かる」

と、春野は笑った。

 鳴丘はジョッキ片手に、

「じゃ、食品から大根持ってきて売ったらよかったじゃん。ここでも大根買えますって」

「大根買えても永峰さんからの攻撃かわせなきゃダメですよ」

 杉本は、上司であるチーフ、永峰女史への無駄な攻撃を始めた。

「あの人ー、結構年やろ?」

 寅丸が言うように、既に55は確実に過ぎていると思う。貴金属部門が長いようで、化粧映えする顔で、品もあるが、言い方がきつく、それが男性にはあまりよく思われていないようだ。

「年って、えーつと58?」

 鳴丘が、杉本に聞く。

「年のわりに綺麗にしとるとゆーか」

 寅丸が、評価を述べた。

「それ言ったら絶対怒りますよ! 綺麗にしとるじゃなくて、綺麗って見たらわかるでしょって」

 杉本は、串カツを食べながら言う。

「いや、昔は綺麗やったと思うけどなあ」

「昔の顔知ってるんじゃないですか?」

 鳴丘の問いに、

「うーん………、綺麗にしとったとは思うよ」

「かたくな(笑)」

 杉本は笑う。

「いや、綺麗にしとるゆーことは、綺麗ゆーことと、同等というわけやからね、はい」

 寅丸は、1人納得して、

「……え? ほな、杉本がサブチーフでその上は?」

「だから永峰チーフですけど!! さっきからその話しかしてませんよね?!」

 杉本が渾身のツッコミを入れる。

「いやあの、貴金属担当のサブマネ」

「草薙ですよ、草薙」

 鳴丘がいち早く答える。

「えー、あの若い子? ごついツンケンしてなあ……ふーん、そら……あれやなあ……永峰とやり合いそうやなあ」

 鳴丘が早口で続ける。

「僕らからしたら、さっぱりしてていいですけど、女性同士はどうも……。特に永峰さんとは年齢差もありますからね。険悪なムードが見えますよ。今から」

「ふーん。で? 草薙にあんたに、棟方」

 寅丸は指を折っていく。どうやらサブマネの数を数えているようだ。

「今回は4人になったから後1人やな?」

「須藤ですよ、須藤」

 杉本はここぞとばかりに呼び捨てで言い捨てる。

「えー、そこに降りてきたんかあ。まあほなけど、須藤もむちゃくちゃしよるわ。あの補佐の子なんでも兼兼ってさせて、あれは無茶やろ」

 山瀬の話題になり、つい必死で聞き耳を立ててしまう。

「まあ、名前だけですよ、穴埋めの」

 鳴丘がそれを言ったので、驚いたが、もちろん黙って俯いておく。

「そやろなあ」

「女性を起用していくってところはいいと思いますけどね」

 春野は同意見ではないようだ。

「あのボンボンの子は?」

「ちょ、ごめん誰か通訳して?」

 鳴丘が笑いながら、寅丸の通訳を求める。

「ボンボンって髪型のことですよね。2つのおだんごにしてる。椎名さんですよね」

 山城が素早く訳すと、杉本が

「略してボンボン」。

「そうそう、変な子」

 確かに、寅丸の年代からすれば、色々な意味で理解できないかもしれない。

「変な子って」

 春野が苦笑した。

「なんやすごい恰好しとったもんなあ。黒いフワフワのドレスみたいな服来て、頭をだんごにしてパソコンでなんかしよったんやろ? 理解でけんかったで。

 最初はよー仕事しよったけど、いつの間にかあんななって。ほなけどよーまたサブマネに上がったな。下がるん早かったけど。今回は家電のチーフやろ?」

 寅丸は笑う。

「だから須藤が何考えてんだかほんとに分からなかったですよ」

 どうやら、鳴丘は本当に本音で話をしているようだ。

「今はどっちかってゆーと、問題は草薙サブマネと永峰チーフですよ。あの冷酷な天才と、年齢を増した永峰チーフのやりとりは想像したくもない。そんで、そこで俺がオロオロした末に、永峰チーフの機嫌取りをするなんて……」

 杉本は、自分の両腕で自らを抱きしめ、続けた。

「……鳥肌が立つ。絶対一緒にいたくない!」

 杉本は言い切る。

「無理やわなあ」

 寅丸は言いながらも呑気そうな顔をしているが、杉本は全くそうではさそうだ。

「食ってかかる永峰チーフとそれをあしらう草薙サブマネ」

「いやまあ……」

 寅丸が言いかけたが、杉本は制して、

「いやもう、永峰チーフは大変ですよ。僕昔一緒に仕事した時があったんですけど。その時テレビの取材を受けててね。

 最初火曜の予定だったんですけど、急遽本社から電話が入って月曜になって。もちろん波子サブマネがOK出して、俺が受けたんですよ。俺は取材2回目だったけど、なんかハイテンションになって、全く聞かれてないことを延々答えて、しかも1時間。喋りまくってやりました」

 酔いが良い感じで回った杉本は、ここぞとばかりに言い切る。

「まあ、カメラあったら緊張するしな」

 寅丸ものんびり同意した。

「で、ほとんどカットされて」

 一同爆笑。

「翌日化粧濃いめの永峰チーフが来て、取材が終わったこと話したらえらい怒られて。更に、カットされまくった俺のテレビ見て、キレた上でどやされました」

「化粧が無駄になったのが嫌だったんでしょうね」

 山城がそれらしく笑いを取ったが、

「あー、そういうことか。俺はてっきり自分が取材受けたいんかと……」

 寅丸が妙に納得する。

「いや、それもあるでしょぅけど!」

 鳴丘がツッコむ。

「まあ、とにかく扱いづらいですよ。俺は戦える自信ないです!!」

 杉本の気が済んだとこで、

「あー、眠ーなってきたな」

 寅丸は、畳に身体を横たえた。

「一旦寝ます? 帰りは家まで送りますから」

 山城は租なく提案する。

「あそう。うん、頼むわな」

 言いながらも、目は閉じている。

「さあ、今からスペシャルゲストが来ますよ」

 鳴丘は携帯を片手に再び仕切り直した。

「誰? 永峰さん? 」

 寅丸が目を開いた。

「そんなまさか、あ、こっちこっち」

 鳴丘の視線を全員で見つめる。

「こんばんわ」

「ああ。まあ、上がって。俺は寝るけど」

 寅丸はどうでもよさそうに、頭だけ少し上げたがすぐに下げる。

「こっちこっち。何飲む?」

 鳴丘の隣に腰かけさせられた木岡は、辺りを伺いながら、

「皆さんアルコールですか?」

「全員そう」

「じゃあ、ビールで」

「はい」

 香月は、反射的に返事をする。

「あ、俺も追加で」

「分かりました」

「あれ、えーっと、君はどこの子やった?」

 既に意識を失くしたものと思われた寅丸は、木岡に聞く。

「家具のチーフです」

 木岡の返答に、

「ふーん」

 寅丸は何の返しもしない。

「今は1人でも味方は多い方がいいでしょ」

 鳴丘は、自信を持って言ったが、

「何の味方か知らんけど」

 寅丸はどうでもよさそうだ。そういうしがらみには飲まれたくないらしい。

「いやもう、勝己マネは絶対荒れますよ。須藤の比じゃないくらい」

「俺一緒に働いたことないんよなあ」

 寅丸は、宙を仰ぎながら目を閉じる。

「僕が入社した時の店に少しだけいたんですが、キレ者ですよ。しかも、根回しがうまい」

 山城が言うのなら、本当のような気がした。根回しがうまい……か……。

「そうそう、しらーっとうまいことやるからね」

 鳴丘も同じ意見のようだ。

「そやったら荒れんのと違う?」

 寅丸は正当な感覚を述べる。

「まあなんていうか、しらーっと強引というか。水面下が荒れるわけですよ」

 鳴丘が言いたいことが、図式では分かるが、香月的には組織の感覚としては全く分からない。

「……小賢しいというか?」

 寅丸が尚も聞いた。

「それに近いかもしれないですね。もう巽はランチに行ってるし」

 突然鳴丘に振られ、全員の視線を浴びた香月は、心底驚いた。

「え、あ、まあ……」

「あの人確か社内婚でしたよね?」

 杉本の問いに、鳴丘が答える。

「そうそう」

「え、そのランチっていつ?」

 意外にも寅丸が聞いた。

「あのー、内示があった日です。その時まあタイミングがかぶって、2人ともお弁当持ってきてなかったから」

「本当に弁当持ってきてなかった?」

 鳴丘が怖い顔で聞く。

「え、さあ……荷物は見てないので知りませんけど」

「まあ、男前やしえんちゃう?」

 寅丸のズレた意見に、

「何が」

 と、再び全員が笑った。
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