絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
5月10日

怒涛の3週間が過ぎた。

 とにかく、忙しかった。

 一番の理由はオンラインの準備がギリギリだったことと、予想以上に上の階の商品が売れたことだった。

 役職者はずっと休みを取っていないと思う。

 香月も何度か事務所で寝た。山城を帰してやらないといけないという責任感もあったが、足りず、2人で事務所で弁当やパンを食べ、ソファで横になってしまった日もあった。

 翌朝は追加商品が早くからトラックで押し寄せて来る。

 従業員がシフトでまわらず、自らが荷受けすることが当然のようにもなっていた。

 伝票は次々に上がり、配送枠が嘘のように埋まっていく。当日配達をせかすように無理矢理枠に入れられ、時間がギリギリになってしまったり、それならまだしも、わりと余裕があるのに、工事みミスで山城が謝罪に回ったりと、バタバタ、バタバタ、時間だけが過ぎていく。

 オンラインはなんとか場所の確保と作業手順がうまくいったが、出荷の最終チェックが予定通り3人だけなので、それが溜まりに溜まっていく。

 オープン後10日、勝己が倉庫に現れた時は、絶対に手伝ってくれるものだと期待したが、水の泡に終わった。

 宮下なら絶対に手伝ってくれたのに、と思う。

 その夜たまらなくなった宮下に電話したがつながらず、つながった翌朝にはその気持ちが飛んでしまっていたので、 

「現実逃避したくて」

と、妙な言い訳をしたせいか。

「ちゃんと帰って寝るんだぞ」

 当日、その一言を言いに、シュークリームを両手に持ってきてくれた宮下を見て、その後ろについてきて良かったと、心底思った。

 帰り、駐車場まで送ると言って外へ出て、礼を述べながら泣いてしまった。

 それくらい、疲れ果てていた。

 しかし、2週間をすぎた頃から、段々落ち着き始め、3週間目には、ようやく25時前に帰れるようになっていた。明日はシフト上休みだが、休むわけにはいかないので、通常通り出勤しなければ、と事務所を出て、最後の鍵を閉めたその5月18日。

 突然の激痛で一瞬気を失った。

 転落事故で入院していた頃もしばしば頭痛はあったが、それとは違った肩辺りの首に来るような激しい痛みだった。

「あの……、大丈夫ですか?」

 声をかけられて、初めて目が開く。顔の辺りにアスファルトの砂がついていて、慌てて身体を上げた。

「あの……」

 マスクをした女性だ。制服ではないので、従業員ではない。しかし、時間的に客でもないだろう。

「いえ……大丈夫、です……」

 意地で起き上がる。まだ、肩の辺りが痛かったが、大げさにするほどのことでもない。慣れない徹夜続きでさすがに疲れがきたのだ。

「コンビニに行こうとしたら、倒れたのが見えたので、来てみたんですけど……けがとかしてないですか?」

「あぁ……ええ……」

 一応、立ち上がって全身を確認したが、どこも、悪そうにはない。

「あ、ありがとうございました」

 頭を下げると、女性は、そのまま去っていく。

「……」

 肩凝りは自覚がないタイプなので、揉まれると凝っているとよく言われるのだが、それがここに来て身体に出たのかもしれない。しかも、頭痛も同時に来たがために、倒れたのかもしれなかった。

「はあ…………」

 明日は休みを返上して出社するつもりだったが、即座にやめた。

 せめて明日だけは、一日中寝ていよう。
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