絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
翌日、「今日、明日は仕事が休みだから、少し時間があれば会って話を聞いて欲しい」という香月からのメールを見た四対は、瞬時にスケジュール変更を画策し、秘書に言いつけ、実際に変更して予定を建て直した後、返信をする。
『今日の20時から明日の10時までは空いてる。中央ホテルのスイートをとってあるから、そこでゆっくり話を聞くよ』と。
プライベートなことでホテルのスイートで話をすることがよくあるかといえばそうでもないが、さらりと言ってのけると、「社長ってそういうもんなんだ」と香月は思うはずだ。
気持ちがはやって、あらぬ妄想まで駆け巡ってしまう。
しかし、香月が言いたかったことは巽のことだと予想はついている。あの時言いかけたのは巽の話だ。最近、連絡を取り合っていないと言った上で、こちらの様子を聞いてきているから、連絡をとってくれとか、そういう話だと思う。
その線の筋書きも一通り考えておくことにする。
そうこうしている間に、
『ありがとう。じゃあ、20時でいい?』
とメッセージがきたので、
『OK』
と短く打つ。
少々浮ついた気持ちであることを自覚し、制しながら仕事を終えて、中央ホテルへ入る。
既に時刻は20時10分前。待たせてなければいいがと思いながら、何度も携帯を確認し、5分前に
『今ロビーに着いたよ』
と連絡があり、そのまま部屋へ招き入れた。
もちろん、部屋には、他には誰もいない。
「すごい部屋ぁ……」
おそらく、巽とは何度もこういう部屋を使っているだろうが、本当に初めて見た、という生き生きとしたリアクションで部屋中をながめ歩く。
「ねえねえ、この部屋開けてもいい?」
「全部いいよ。俺の部屋じゃねえし」
その返事を聞くなり香月は、丹念に一部屋一部屋開けて回り、一々感想を述べてくる。
そんなことよりも、この空間が、この2人きりの空間というのを妙に意識してしまっているせせいで、色々なことを水を飲んで紛らわせる。
「すごーい。すごい、やっぱ社長は違うねえ。そういやこの前さ、リバティの九条専務に会ったじゃん」
「ああ」
言いながら、ようやく香月はソファに適当に腰かける。
「あの後、あの人は誰って聞くからさ、四対樹さんですって答えたら、あぁ、あの人がって。でも顔見た瞬間知ってる感じだったよ」
「ふーん。俺は知らねえけど」
「だねー」
香月はそれを愉快そうに笑い、ふっと一息つく。
「で? 巽がなんだって?」
「あぁ……」
表情をやや真顔にした香月は、否定も肯定もせずに始めた。
「最近連絡取ってなくてね。で、あの日電話があったから、大丈夫だよって連絡したかったけど、結局できてなくて……もし、会うことがあったら……」
「連絡しといた。そういう話だと思ったから」
「……」
目を真ん丸に見開き、ぽかんと形のよい口を開けた香月は、「え」とワンテンポ遅れて声を出した。
「俺も、滅多に連絡しねーけど、あの日、会って巽が連絡してきたって言ってただろ? その上最近連絡取ってないけどって聞いたら普通そうだと思うだろ。
それに、あの事件がテレビで流れた時は俺も心臓をわしづかみにされたような気持ちになったから。あいつが同じ気持ちなのかと思うと、それくらい連絡してもバチは当たらないだろうと考えて」
まあ、俺からその連絡を受けた事に巽は、随分ショックを受けていたとは思うが。
「…………」
香月はこちらをじっと見つめた。
「それくらい、俺達も長い時間一緒にいるからな」
その俺達、に3人という意味が込められていたが、伝わったのかどうかは分からなかったし、あえて言う必要もないと判断する。
「あいつがどういう反応したか、聞きたい?」
隠し玉は何もなかったが、じっと香月を見つめた。だが、急に肩を落として、首を振った。
「……最近……附和専務に会ってね」
「うん」
どうやらもうその話はいいようだ。こちらも、話題が変わって、巽への優越感からかなり気持ちが安堵する。
リバティの親会社だし、元々知り合いだったようだから、会うこともあるだろう。
「そこで、言われたの。君と僕は浮気したんだって。その場限りのという約束をつけたけど。って」
「……」
その話は初耳なので、声も出なかったが黙って聞くことにする。
「私、前ね、巽さんと喧嘩したらしいの。それで、家を飛び出して、借金抱えてって流れになるみたいなんだけど。
その喧嘩の原因がね、私と附和専務がホテルに行ったことだったの。で、私は巽さんに、ホテルに入っただけで何もしてないって言い張って、巽さんもそれで納得したらしいんだけど、結局私が飛び出したみたいでね。
で、附和専務は、ホテルに入って浮気してたんだって言った……」
当時の状況としてそういうことが成り立つことは成り立つのかもしれないが、その辺りの人物関係は全く興味なかったので今さら言われても、真実味があるのかどうかすらも分からない。
だけど、今になってそれを出してくるとは……。
敵が1人増えたか……。
宙を仰ぎ、無意識に溜息が出る。
「だから……なんか、申し訳なく思って。それで、巽さんには連絡してないの」
まさか、話がそこに戻るとは思いもよらなかった。
「……ならそれでいんじゃね? 俺から巽に連絡した時、あいつはただ返事をしただけで、特に何も言わなかったけど、俺伝いで連絡がいったということは、お前から連絡はないということと同じことを意味しているし、それで納得したんだろう」
「………うん」
だが、あまり府に落ちていないようなので、
「でも、連絡取りたきゃ取ればいいし」
「ううん。なんか、この5年の私を一番知ってる人じゃん。
私、リバティに入って思ったんだけど、私を知らない人と接する方がずっと楽なの。私を知ってる人と接すると、忘れた事を思い出せないって思う事が多いから……。特に巽さんは、どうして婚約の流れになったのかとか、そういうところが思い出せないから」
その話はあまり聞きたくなかったので、
「……俺はどうなんだよ?」
口から出した。
「あぁ。そうだね。私を知っている人で一番それを感じさせないから、すごく楽!」
言い切って笑ったがすぐに、
「あ、クリスマスの件とかあったね……でもまあ。あれは巽さんのことをどうでもいいとしたら、もう関係ないし、烏丸さんという人ももう会うことはないだろうし。だから」
「……」
言葉が出なかった。今まで、それこそ出会ってから、香月に一生懸命関係してきたつもりだったが、それらを全て知らなかったことにされた瞬間だった。
だが、それでいいならそれでいいんだ。
と、すぐに切り替える。
「さあ、飯でも食いに行くか……」
「うん」
お前は笑って立ち上がる。
「良かったら今夜、ここ使えよ」
「え!? ここ!?」
お前は辺りをぐるりと見渡しながらも、顔が笑っている。
「私1人で?」
「俺も一緒にか?」
俺も笑いながら、半分冗談、半分本気で聞いた。
「だって……ここ、何人用? ベッド4つもあったよ」
俺の問いに答えているのかいないのか。
「そういうのは、抱いてほしい相手に言うもんだよ」
それが今俺ではないと、確信している。
だから、言うなり前に足を踏み出す。俺は、今日お前と食事に出て、お前をここで眠らせればそれで今は十分なんだ。
「あ、へえ……そういう風な言い回しを男の人は期待してるんだね」
ほら、やっぱりそういう返しでくる。
そしてお前は、俺の隣に笑顔で並ぶ。
『今日の20時から明日の10時までは空いてる。中央ホテルのスイートをとってあるから、そこでゆっくり話を聞くよ』と。
プライベートなことでホテルのスイートで話をすることがよくあるかといえばそうでもないが、さらりと言ってのけると、「社長ってそういうもんなんだ」と香月は思うはずだ。
気持ちがはやって、あらぬ妄想まで駆け巡ってしまう。
しかし、香月が言いたかったことは巽のことだと予想はついている。あの時言いかけたのは巽の話だ。最近、連絡を取り合っていないと言った上で、こちらの様子を聞いてきているから、連絡をとってくれとか、そういう話だと思う。
その線の筋書きも一通り考えておくことにする。
そうこうしている間に、
『ありがとう。じゃあ、20時でいい?』
とメッセージがきたので、
『OK』
と短く打つ。
少々浮ついた気持ちであることを自覚し、制しながら仕事を終えて、中央ホテルへ入る。
既に時刻は20時10分前。待たせてなければいいがと思いながら、何度も携帯を確認し、5分前に
『今ロビーに着いたよ』
と連絡があり、そのまま部屋へ招き入れた。
もちろん、部屋には、他には誰もいない。
「すごい部屋ぁ……」
おそらく、巽とは何度もこういう部屋を使っているだろうが、本当に初めて見た、という生き生きとしたリアクションで部屋中をながめ歩く。
「ねえねえ、この部屋開けてもいい?」
「全部いいよ。俺の部屋じゃねえし」
その返事を聞くなり香月は、丹念に一部屋一部屋開けて回り、一々感想を述べてくる。
そんなことよりも、この空間が、この2人きりの空間というのを妙に意識してしまっているせせいで、色々なことを水を飲んで紛らわせる。
「すごーい。すごい、やっぱ社長は違うねえ。そういやこの前さ、リバティの九条専務に会ったじゃん」
「ああ」
言いながら、ようやく香月はソファに適当に腰かける。
「あの後、あの人は誰って聞くからさ、四対樹さんですって答えたら、あぁ、あの人がって。でも顔見た瞬間知ってる感じだったよ」
「ふーん。俺は知らねえけど」
「だねー」
香月はそれを愉快そうに笑い、ふっと一息つく。
「で? 巽がなんだって?」
「あぁ……」
表情をやや真顔にした香月は、否定も肯定もせずに始めた。
「最近連絡取ってなくてね。で、あの日電話があったから、大丈夫だよって連絡したかったけど、結局できてなくて……もし、会うことがあったら……」
「連絡しといた。そういう話だと思ったから」
「……」
目を真ん丸に見開き、ぽかんと形のよい口を開けた香月は、「え」とワンテンポ遅れて声を出した。
「俺も、滅多に連絡しねーけど、あの日、会って巽が連絡してきたって言ってただろ? その上最近連絡取ってないけどって聞いたら普通そうだと思うだろ。
それに、あの事件がテレビで流れた時は俺も心臓をわしづかみにされたような気持ちになったから。あいつが同じ気持ちなのかと思うと、それくらい連絡してもバチは当たらないだろうと考えて」
まあ、俺からその連絡を受けた事に巽は、随分ショックを受けていたとは思うが。
「…………」
香月はこちらをじっと見つめた。
「それくらい、俺達も長い時間一緒にいるからな」
その俺達、に3人という意味が込められていたが、伝わったのかどうかは分からなかったし、あえて言う必要もないと判断する。
「あいつがどういう反応したか、聞きたい?」
隠し玉は何もなかったが、じっと香月を見つめた。だが、急に肩を落として、首を振った。
「……最近……附和専務に会ってね」
「うん」
どうやらもうその話はいいようだ。こちらも、話題が変わって、巽への優越感からかなり気持ちが安堵する。
リバティの親会社だし、元々知り合いだったようだから、会うこともあるだろう。
「そこで、言われたの。君と僕は浮気したんだって。その場限りのという約束をつけたけど。って」
「……」
その話は初耳なので、声も出なかったが黙って聞くことにする。
「私、前ね、巽さんと喧嘩したらしいの。それで、家を飛び出して、借金抱えてって流れになるみたいなんだけど。
その喧嘩の原因がね、私と附和専務がホテルに行ったことだったの。で、私は巽さんに、ホテルに入っただけで何もしてないって言い張って、巽さんもそれで納得したらしいんだけど、結局私が飛び出したみたいでね。
で、附和専務は、ホテルに入って浮気してたんだって言った……」
当時の状況としてそういうことが成り立つことは成り立つのかもしれないが、その辺りの人物関係は全く興味なかったので今さら言われても、真実味があるのかどうかすらも分からない。
だけど、今になってそれを出してくるとは……。
敵が1人増えたか……。
宙を仰ぎ、無意識に溜息が出る。
「だから……なんか、申し訳なく思って。それで、巽さんには連絡してないの」
まさか、話がそこに戻るとは思いもよらなかった。
「……ならそれでいんじゃね? 俺から巽に連絡した時、あいつはただ返事をしただけで、特に何も言わなかったけど、俺伝いで連絡がいったということは、お前から連絡はないということと同じことを意味しているし、それで納得したんだろう」
「………うん」
だが、あまり府に落ちていないようなので、
「でも、連絡取りたきゃ取ればいいし」
「ううん。なんか、この5年の私を一番知ってる人じゃん。
私、リバティに入って思ったんだけど、私を知らない人と接する方がずっと楽なの。私を知ってる人と接すると、忘れた事を思い出せないって思う事が多いから……。特に巽さんは、どうして婚約の流れになったのかとか、そういうところが思い出せないから」
その話はあまり聞きたくなかったので、
「……俺はどうなんだよ?」
口から出した。
「あぁ。そうだね。私を知っている人で一番それを感じさせないから、すごく楽!」
言い切って笑ったがすぐに、
「あ、クリスマスの件とかあったね……でもまあ。あれは巽さんのことをどうでもいいとしたら、もう関係ないし、烏丸さんという人ももう会うことはないだろうし。だから」
「……」
言葉が出なかった。今まで、それこそ出会ってから、香月に一生懸命関係してきたつもりだったが、それらを全て知らなかったことにされた瞬間だった。
だが、それでいいならそれでいいんだ。
と、すぐに切り替える。
「さあ、飯でも食いに行くか……」
「うん」
お前は笑って立ち上がる。
「良かったら今夜、ここ使えよ」
「え!? ここ!?」
お前は辺りをぐるりと見渡しながらも、顔が笑っている。
「私1人で?」
「俺も一緒にか?」
俺も笑いながら、半分冗談、半分本気で聞いた。
「だって……ここ、何人用? ベッド4つもあったよ」
俺の問いに答えているのかいないのか。
「そういうのは、抱いてほしい相手に言うもんだよ」
それが今俺ではないと、確信している。
だから、言うなり前に足を踏み出す。俺は、今日お前と食事に出て、お前をここで眠らせればそれで今は十分なんだ。
「あ、へえ……そういう風な言い回しを男の人は期待してるんだね」
ほら、やっぱりそういう返しでくる。
そしてお前は、俺の隣に笑顔で並ぶ。