絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅴ
1月3日 それでも俺のことだけは覚えているはず
1月3日
早朝6時。
巽にはタンカを切り、病院もすぐに調べたが、出張でどうしても日本を離れなければならなくなり、こんなにも時間が過ぎてしまったことを何度も後悔する。
今この午前7時までの1時間でここへ来なければ、次の日にちはもう読めない。年末年始とはそれだけ皆忙しくしたくなるものであり、金になるものであった。
ゆっくり歩いている時間はない。
フランクミュラーを確認しながら早足で進み、秘書が調べた個室の前へたどり着く。
と、開け放たれたドアのから室内の窓際に白衣が見えた。誰かいる。
こんな朝早くに……。
「……」
声をかけるつもりはなかった。何故なら彼女がまだ寝ていて、その隣で医師は背を向けて窓の外を見つめていたから。
だが、こちらの足音に気付いた医師は気付くなりすぐに理解する。
「……」
そして自らは外へ出ると、俺にも外に出るように促し、ドアをゆっくりと閉めた。
「あなたは確か、四対財閥の……」
そう、桜美院で一度、会ったことがある。あいつの昔からの知り合いという榊医師だ。
「見舞いに来たんですが、まだ寝ているのなら、顔だけでも」
「はい、それは大丈夫ですが……」
無表情ながらも記憶のことを不安に思っているのがすぐに分かった。
「記憶のことは聞いています。俺が出会ったのはこの5年内ですから、覚えていないかもしれない」
「ああ」
榊医師は安堵したような声を出す。
「でも、ひょっとして巽だけの記憶が消えているということはありませんか?」
「ありません。会社の方も5年内の方は覚えていないそうですから」
「じゃあ、俺もか……」
ここで、俺だけ覚えているという運命的な再会を果たせそうにないことに、予想以上にショックを受けた。
「それでも会っていかれますか?」
「もちろん」
榊医師はこちらと目を合せてから、ようやく個室の扉を開けた。
「…………」
身体は倒したままだが、目が開いていることに気付いて足早に寄った。
目が合う。
が、なんと呼びかければよいのか分からず、無言で相手の言葉を待った。
「…………え?」
なのにお前は、俺ではない榊医師を見て、
「メガネとって」
と、言い、起き上がってもなお
「……私のお知り合いの方ですか?」
「…………」
信じられない一言を、冷静に、言いはなったのだった。
「つ、え……」
俺もただ、榊医師を見る。
「愛と一緒にいる所を桜美院で一度見かけたことがある。確かあの時は、附和さんという方のお見舞いだった」
「ふわ……珍しい名前ね」
そんな馬鹿な。
「私の友達……だったのかもしれないですけど、すみませんが今は私はこんな状態で。私にもよく分からなくて。ひょっとしたら携帯電話に何か残っているかもしれないけど、まだそこまで体力が回復してないんです」
な、にを。
今までとは全く別人のように、申し訳なさそうながらもなんとか微笑み、目も合わせず、
俯いている。
不安気で気力も全くなさそうだが、ただ、その姿はあまりにも美しく、白い病院の中で唯一純真なあいつから、俺は視線を離すことができなかった。
こんな顔だったことは確かだが、まるで雰囲気か違い、表情が違う。
なんだか、とても幼いような。若返ったかのような。とても30には見えやしない。
「あぁ……」
遅れて、なんとか返事だけするのが精一杯だった。
「まあ、一時的なことですぐに思い出すかもしれませんが、それも分かりません。ただ、昔の事を聞かれても答えられないし、思い出そうとすると酷い頭痛がするようです。その辺りはご配慮ください」
榊医師は渋い顔でそう言うと、ちら、と扉を見た。
もう制限時間が来たようだ。
今、ここで長居する気分にはさすがになれはしない。
「……では……また、改めて……」
「……」
お前はこちらを見ずに何も言わない。
「お気を付けて」
榊医師はそれだけ言うと、俺が扉から出るのを待つように、冷たい視線をただ一心に扉へ向け続けた。
早朝6時。
巽にはタンカを切り、病院もすぐに調べたが、出張でどうしても日本を離れなければならなくなり、こんなにも時間が過ぎてしまったことを何度も後悔する。
今この午前7時までの1時間でここへ来なければ、次の日にちはもう読めない。年末年始とはそれだけ皆忙しくしたくなるものであり、金になるものであった。
ゆっくり歩いている時間はない。
フランクミュラーを確認しながら早足で進み、秘書が調べた個室の前へたどり着く。
と、開け放たれたドアのから室内の窓際に白衣が見えた。誰かいる。
こんな朝早くに……。
「……」
声をかけるつもりはなかった。何故なら彼女がまだ寝ていて、その隣で医師は背を向けて窓の外を見つめていたから。
だが、こちらの足音に気付いた医師は気付くなりすぐに理解する。
「……」
そして自らは外へ出ると、俺にも外に出るように促し、ドアをゆっくりと閉めた。
「あなたは確か、四対財閥の……」
そう、桜美院で一度、会ったことがある。あいつの昔からの知り合いという榊医師だ。
「見舞いに来たんですが、まだ寝ているのなら、顔だけでも」
「はい、それは大丈夫ですが……」
無表情ながらも記憶のことを不安に思っているのがすぐに分かった。
「記憶のことは聞いています。俺が出会ったのはこの5年内ですから、覚えていないかもしれない」
「ああ」
榊医師は安堵したような声を出す。
「でも、ひょっとして巽だけの記憶が消えているということはありませんか?」
「ありません。会社の方も5年内の方は覚えていないそうですから」
「じゃあ、俺もか……」
ここで、俺だけ覚えているという運命的な再会を果たせそうにないことに、予想以上にショックを受けた。
「それでも会っていかれますか?」
「もちろん」
榊医師はこちらと目を合せてから、ようやく個室の扉を開けた。
「…………」
身体は倒したままだが、目が開いていることに気付いて足早に寄った。
目が合う。
が、なんと呼びかければよいのか分からず、無言で相手の言葉を待った。
「…………え?」
なのにお前は、俺ではない榊医師を見て、
「メガネとって」
と、言い、起き上がってもなお
「……私のお知り合いの方ですか?」
「…………」
信じられない一言を、冷静に、言いはなったのだった。
「つ、え……」
俺もただ、榊医師を見る。
「愛と一緒にいる所を桜美院で一度見かけたことがある。確かあの時は、附和さんという方のお見舞いだった」
「ふわ……珍しい名前ね」
そんな馬鹿な。
「私の友達……だったのかもしれないですけど、すみませんが今は私はこんな状態で。私にもよく分からなくて。ひょっとしたら携帯電話に何か残っているかもしれないけど、まだそこまで体力が回復してないんです」
な、にを。
今までとは全く別人のように、申し訳なさそうながらもなんとか微笑み、目も合わせず、
俯いている。
不安気で気力も全くなさそうだが、ただ、その姿はあまりにも美しく、白い病院の中で唯一純真なあいつから、俺は視線を離すことができなかった。
こんな顔だったことは確かだが、まるで雰囲気か違い、表情が違う。
なんだか、とても幼いような。若返ったかのような。とても30には見えやしない。
「あぁ……」
遅れて、なんとか返事だけするのが精一杯だった。
「まあ、一時的なことですぐに思い出すかもしれませんが、それも分かりません。ただ、昔の事を聞かれても答えられないし、思い出そうとすると酷い頭痛がするようです。その辺りはご配慮ください」
榊医師は渋い顔でそう言うと、ちら、と扉を見た。
もう制限時間が来たようだ。
今、ここで長居する気分にはさすがになれはしない。
「……では……また、改めて……」
「……」
お前はこちらを見ずに何も言わない。
「お気を付けて」
榊医師はそれだけ言うと、俺が扉から出るのを待つように、冷たい視線をただ一心に扉へ向け続けた。