不倫のルール
「今日は飲もうか」黒崎さんが言ってくれたので、缶ビールとグラスも準備する。

「おっ!鰻のちらし寿司。うまそうだ!」

黒崎さんの言葉に、私も笑顔を浮かべる。

缶ビールを開け、黒崎さんのグラスに注いでいた時、電子音が響いた。

一瞬、二人の動きが止まる。「ちょっと、ごめん」グラスを置くと、黒崎さんはスマホを持って部屋を出た。

冷たい汗が、ツーッと背筋を伝った。持っていた缶ビールを、テーブルに置く。指先が、どんどん冷たくなっていく……

「繭子、ごめん。家に戻るよ」

「えっ!?」

部屋に戻ってきた黒崎さんは、短くそれだけを言って自分のビジネスバッグを持った。

「どうして!?」

部屋を出ようとする後ろ姿に、なんとかそれだけを訊いた。

「陽菜が、熱を出したんだ。夕方から段々上がってきて、今は三十九度を越えたって……菜々子が取り乱してる」

振り向いて、黒崎さんは告げた。今はもう、目の前の私の事は見えていないのだろう……

「じゃあ、急ぐから。……この埋め合わせは、また」

黒崎さんは玄関に向かった。

“埋め合わせ”なんて……これまでしてくれた事、ないじゃない……!

私は、玄関に黒崎さんを追った。

「食事くらい!……少しだけでも、食べて行きませんか?」

靴を履いていた黒崎さんの後ろ姿に、最後の声をかける。

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