不倫のルール
そして、矢野さんも……県外に転勤が決まった。新店舗の立ち上げに携わる事になったのだ。

苦労も多いが、やり遂げれば彼の評価も上がる。

「本当は連れて行きたいけど、まだ若すぎる君に、将来の事を決めさせられない」

そう別れの言葉を言って、強く抱きしめてくれた矢野さん。その広い胸で、涙が枯れたと思うまで泣いた。

彼に愛された二年と少し、私は本当に幸せだった──


**********


短大に通うため、新しい生活が始まった。その事は、私の寂しさを紛らわすのに、おおいに役立ってくれた。

夏休みの間、近くのカフェでアルバイトをした。

女の子に人気のおしゃれなカフェで、私も友達とたびたび通っていた。

夏休み以降も、アルバイトを続けないかと、カフェのオーナー 新庄(しんじょう)さんに声をかけられた。

新庄さんは三十五才だと聞いていた。彫りの深い整った顔立ちをしている。笑うと目尻にシワが寄った。

私がアルバイトをしていたカフェ以外にも、飲食店を何店舗か経営していたが、カフェの厨房に週の半分は立っていた。

調理をする横顔は、本当に楽しそうだった。

「繭子(まゆこ)、お父さんの作るナポリタン、大好きだったのよ」

母のそんな言葉を思い出し、新庄さんに父を重ねて見ていた。

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