オオカミくんと子ブタちゃん
パパとの再会
「もうすぐ着くってよ。」
ソファに座りながら大賀見がスマホを確認して言った。
今日はおじ様がお休みで、空港までパパを迎えにいってくれている。
私が朝から落ち着かず、ずっと家の掃除を黙々としていると
「落ち着かねぇのはわかるけど、いい加減、座れよ。」
大賀見が呆れた顔で手招きをし私を呼び寄せる。
私は仕方なく大賀見の横にちょこんと座った。
「…ったくお前は」と言って、大賀見は私の頭に手を当て自分の肩に引き寄せる。
そして、コツン…と優しく私の頭に額を合わせた。
「俺が傍にいるんだから大丈夫だよ。心配するな。」
その言葉で嘘のようにスッと気持ちが楽になる私。
ちゃんとパパ達の結婚を認めるって言えるのか?
日本で今まで通りの生活がしたいって言えるか?
パパを前にしたら何も言えなくなりそうで…不安で昨日は眠れなかった。
でも、大賀見が傍にいてくれると思っただけで何だか頑張れる気がしてくる。
私って…けっこう単純なのかも…?
「…ありがとう。私、大賀見の傍にいられるように頑張るね。」
ぎゅっと大賀見を抱きしめると、大賀見もそれに応えてくれた。
しばらくすると、車のエンジン音が聞こえてくる。
おじ様達が帰って来たみたいだ。
私はバッとソファから立ち上がって、リビングダイニングの扉をじっと見つめる。
「ばーか、緊張しすぎなんだよ。久しぶりに親父に会うんだからそんな顔すんなよ。」
そう言って眉間に皺を寄せた私の顔を、ビヨーンと引っ張った大賀見。
「いひゃいよ///」
「ぷっ、変な顔。」
私の顔を見て笑う彼の笑顔で、肩の力が抜け少し落ち着いてきた。
緊張をほぐしてくれるのは有り難いけど、もうちょっと別のやり方は無かったのかな?と頬を摩りながら思っていたら
…ちゅっ
いつの間にか大賀見の顔が近づいていて唇が触れ合った。
「っ⁉︎///」
「なに赤くなってんだよ、ばーか。」
「ふ、不意打ちにするからっだよっ///」
さっきまでの緊張が無くなって、今度はドキドキと心臓がうるさい。
それなのに
「俺がいるから安心しな。」
なんて優しく笑うから…今度は心臓がきゅっとなっちゃったじゃない。
ほんと大賀見といると、いつもドキドキさせられて困る。
大賀見のおかげで緊張がほぐれた私はソファに座ってパパ達を待つ。
しばらくして、カチャリ…とリビングダイニングの扉が開いた。
「ただいま。」
ドアノブに手を掛けて顔を見せたのは、ニコニコとご機嫌なおじ様だった。
そのおじ様の後から入ってきたパパ。
「パパっ!」
顔を見てすぐに私は走っていき、パパに抱きつく。
「葵っ、元気だったか?」
パパも私をぎゅっと抱きしめてくれた。
久しぶりのパパの匂いに安心して、どうして緊張していたのかさえ分からなくなる。
「私は元気だよ。パパは…痩せたんじゃない?ちゃんとご飯食べてるの?」
一ヶ月前より少し頬の肉が落ちたように見えて心配になる。
「大丈夫だよ。葵は元気そうでよかった。それよりハルちゃんは?葵が仲良くしてもらってるんだからご挨拶しておかなくてはね。」
パパは部屋を見渡すと一瞬にして動きが止まった。
もしかして、パパもハルちゃんって………
「き、君が、ハルちゃん?えっ?男??」
やっぱり知らなかったんだーーっ!
パパも私と同様、ハルちゃんって小さな可愛い女の子だと思っていたようだ。
「えーーっ⁈夏樹っ、どういう事だよっ。ハルちゃんって男だったのかよっ。」
パパがおじ様の肩をユラユラと揺らしながら叫んでいる。
「どういう事って?ハルが女の子だって、一言も言ってないよ?」
おじ様は何が問題なの?という顔で首を傾げている。
「初めまして、大賀見 春斗と言います。」
大賀見はパパの近くまで来て挨拶をした。
「……葵の父親で小辺田 暁人(あきと)です。
葵と仲良くしてくれてありがとう、春斗くん。」
「いえ、とんでもないです。突然で申し訳ないのですが、ひとつ報告があります。」
と笑顔で言って大賀見は私の肩を引き寄せ
「俺、葵さんと付き合わせていただいてます。」
いきなりの報告にパパが目を丸く見開いている。
そして、私も驚きのあまりに固まってしまった。
パパに報告するなんて聞いてないよーーっ⁉︎
「えっ⁉︎本当か?葵っ。」
パパは目を見開いたまま私を見る。
予想外の展開に、さすがにパニックになっているみたい。
「…うん///」
私はコクンと小さく頷いた。
「そ、そうか…。」
パパは頭をガシガシッと掻き、溜め息をついて何か考え出した。
「まぁ、お茶でも飲みながら話そうか?」
おじ様がパパの背中をポンポンとして、リビングのソファに誘導する。
私はキッチンへ行ってお茶を準備しリビングへ運んだ。
ーーーーー
しばらく続いた沈黙を、意を決して私が破る。
「私と大賀…春斗くんが付き合ってるのは、とりあえず置いておいて…。
パパ、美咲さんと結婚していいよ。」
「えっ?」
驚いて顔をあげたパパに私はニッコリと笑ってみせる。
「初めて結婚の話しを聞いたときは、私…怖くって返事が出来なかった。
パパはママの事をもう愛してないんだ。
血が……繋がってない私なんてただの邪魔者なんだって…。」
「そんなわけないっ!愛莉も葵も愛しているっ。葵のことも邪魔者だなんて思った事ないよっ!」
パパは私の前で両膝を床につけ、私の肩を力一杯に掴んだ。
「イタッ。」
「ご、ごめん。」
パパは無意識だったみたいで、慌てて私の肩から手を離なす。
「パパに愛されてるって頭ではわかってる。
でも、心のどこかで…いつか捨てられるって思ってた。
パパにずっと愛される自信が無かったの。
でもね、大賀見に愛してなかったら血の繋がらない子供を育てるなんてこと出来ないって言われたの。
なんだか変に納得しちゃったんだ。
それに、私の我儘で色んな人を傷つけてるってことにも気づいて…。
パパ…あの時、すぐに認めてあげることが出来なくってゴメンね。」
「葵は何も謝ることなんて無いよ…。そんな事を思っていたなんて…気づいてやれなくてパパの方こそゴメンな。」
パパは私を壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
じわじわとパパの愛が伝わってくる。
「パパ、結婚おめでとう。美咲さんと幸せになってね。」
私は心からやっとその言葉が言えた。
「ありがとう。三人で幸せになろうな、葵。」
パパの言葉にビクッと体に力が入った。
「三人で幸せになろうな」ってパパは言った。
それって…私も一緒に住むってこと?
ニューヨークに一緒に行くってこと?
「…パパ。」
私は日本に残りたいーーーーー
でも、それって今まで育ててくれたパパに対して親不孝してるんじゃない?
パパは私を大切に思ってくれてるから、一緒に住もうって言ってくれてるんだよ。
それを私はーーーー断れるの?
「葵?」
何も言わなくなった私を変に思ったのか、パパは俯いた私の顔を覗き込んだ。
笑わなきゃ。
パパに深刻そうな顔を見せたらダメ。
泣きそうな顔を見せたらダメ。
今までならそう自分に言い聞かせて笑う事が出来たのに…
目頭がどんどん熱くなって、大粒の涙が零れてしまった。
「あ、葵っ。どうした?どこか痛いのか?」
初めて見せた私の涙にパパが動揺している。
困らせてはいけないと思うけど、勝手に涙が次々に出てきて止まってくれない。
私の気持ちを伝えたいのに、パパを困らせると思うと言葉にできないよ。
どうしたらいいの……