わかってるよ
ガタンゴトン...ガタンゴトン...

今日も満員だ。

近くにいるおじさん達の匂いがきつくて、ついハンカチで口を覆ってしまう。

ドアのそばに立ったから、開く度に新鮮な空気を吸えて、次からもここに立とうと決めた。

真ん中の方にいる人は大変だろうなぁ。

そう思ってふと真ん中の方に目をやった。

あ...慧だ。

何の本読んでるのかな。

慧は昔から読書家で、物知りだったから、幼い私はよくなんで?なんで?と慧に聞いては困らせていた気がする。

「慧!何の本読んでるの?」

「柚、図書館は静かに。この本は...ん?俺の顔になにかついてる?」

「慧って、何でそんなにたくさんの本を読んでるの?」

「なんでって...。なんだろう。物語の世界に旅に出られるからかな。」

「旅?」

「うん。旅。いろんなところに行けるよ。この本だと、未来に行ける。」

「未来に行けるの?!私も行きたいなぁ。慧と一緒に行きたい!」

「俺と?そっか。じゃあ今度行こう。」

「うん!」

一緒に未来に行くってどういうことなんだろう。

無邪気だったんだなぁ。私も。

その後、慧はことある事に私を図書館に連れて行って、おすすめの本を読ませてくれた。

慧も本を読んでいた気がするけど、いつも読むのがはやい慧が

「今日も読み切れなかった。」

そう言って、読んでいた本を借りていたのを思い出した。

寝てたのかな。

私は慧の勧めてくれた本がいつも面白くて、その旅とやらに出ていた、と思う。

今日は入学式のあと、高校の図書館に行ってみようかな。

パチッ

「あ...」

慧と目が合った。

(降りたら一緒に行こう。)

口をぱくぱくさせて、私に話しかけてくれた。

私は無言で頷いた。

びっくりした。慧に話しかけられるなんて、久しぶりだったから。

慧は。

慧は、花が好きなんだとおもう。

昔から、おはようって言ってくれる時、この後に続く二つの名前は、絶対に花、柚の順番だった。

きっとこれからもずっと、その順番は柚、花にはならないのだろう。

ふっ...

何言ってるんだろう私。

そんなことずっと前から分かってるのに。

それを自覚する度に、傷ついてる。

自分の気持ちにしっかり蓋をできないでいる。

慧を好き。

この気持ちにも、そろそろ蓋をしなければ。

いつから好きとか、なんで好きとかは分からない。覚えてないだけかもしれない。

慧のことが好きと気づいて、慧を目で追っていた。

でも、今度は、慧は花が好きだと気づいた。

あの時は、悲しいとか悔しいっていう気持ちよりも、そりゃそうだ。っていう納得の気持ちの方が強くて。

いつの間にか、慧の花に対する恋を邪魔しないように気を配ってた。

頻繁に誘われていた図書館にも行かなくなって、

「今日は用事があるから、花と行ってきて?」

なんて、言ってみたりして。

自分の方が花より魅力がないことを分かってたから、そうやって自分を押し殺してた。

これから慧と同じ学校に通っていく中で、また昔のように話せるようになったらいいな。

友達として。あくまで幼馴染みとして。



< 7 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop