わかってるよ
「ふぅ...」
やっとあの圧迫感から開放された。
そう思ったら、全身の力が抜けて...。
「やっ...「おっと!大丈夫?」」
「慧!ご、ごめん、なさい。」
「ん。大丈夫?立てる?満員電車ってあんな感じなんだな。俺立つ位置間違えたわ。」
「ま、真ん中の方大変そうだっ、でしたね。」
「そうなんだよ。俺も今度から柚の場所にいよ。」
「あ、じゃあ、私は違う場所にいる、いますね。」
「・・・。」
「けい、慧くん?」
「柚。」
「はい!」
「お前、昔から俺のこと慧くんって呼んでたか?」
「い、いや...。」
「俺と話す時、敬語だったのか?」
「ち、ちがっ...」
「柚。俺は、柚と幼馴染みだ。昔みたいに慧って呼んで欲しいし、まして敬語なんて使って欲しくない。」
「ご、ごめん。」
「ここじゃ邪魔だね。歩きながら話そう。」
そう言って慧は私の右手をとった。
「け、慧!なんでっ...!」
「嫌?」
「嫌じゃないけど!」
「じゃあいいでしょ。花も悠もいないんだからゆっくり話そ。」
そうだった。
悠はちょっと離れた男子校に進学したんだった。
サッカーが強いとかで、進学先を決めたらしい。
サッカーが好きで好きで仕方がない。悠らしくて微笑ましい。
「柚。俺、柚になにかしたかな。」
「え?」
「俺さ、柚に嫌われてると思ってた。でも、こうやって手をつないでも嫌がらない。しっかり俺と話してくれてる。正直言うと、ちょっと嬉しいかも。」
「嫌いじゃない!私、慧のこと嫌いじゃない!」
「...良かった。」
嫌いなわけない。私は慧が好きなんだから。
「着いたよ、柚。」
「ここが...広いね。」
清潔感のある白で統一された校舎に足を踏み入れた。
チラチラと視線を感じる。
慧は、かっこいいからな。
大多数は女子だけど、男子もこちらを見ているような気がする。
きっと女子の目線を独占する慧に対する興味と嫉妬の目線だ。
でも、慧はいい人だから、すぐに友達ができそうだね。
「柚。今日、一緒に帰ろう。たしか、ホームルームが終わったら帰れるから、迎えに行く。柚は何組だった?」
「私、4組。」
「え!?同じクラスじゃん笑」
「え?!...ほんとだ。」
「迎えに行く手間が省けた。3年間よろしくね。」
「うん、よろしくね。」
この高校はクラス替えがない。
だから、慧とは3年間同じクラスという事になる。
嬉しい。
素直にそう思った。
「何にやにやしてるの?ほら、教室行こ。」
私にやにやしてた?!だめだ。気を引き締めていこう。
パンッ
両手でほっぺを叩いて、それから、慧のあとを追った。
ガラガラ...
入った瞬間に目線が集まる。
みんな、慧を見てる。
そしてそれから、その隣の私を見る。
あ、この感じ。知ってる。
「慧くん。今日も図書館いくの?私も行きたいな。」
「ごめん、今日も柚と一緒だから。」
「柚ちゃん...。なんで柚ちゃんなの?」
「だって柚は...」
「柚ちゃんばっかりずるい!柚ちゃんは慧くんの幼馴染みだけど、柚ちゃんは慧くんにお似合いじゃないよ!」
「お似合いじゃない?」
「慧くんはかっこいいもん!柚ちゃんは、あんまり笑わないし、可愛くないもん!それに!」
「やめろ!俺は柚のこと悪くいうやつは嫌いだ!いくぞ、柚。」
「う、うん...。」
この時に感じた視線だ。
なんで慧の隣にいるのがあなたなの?
そういう目線。
分かってるけど、毎回辛くなる。
「柚、俺の席どこかわかる?」
「あ、ここに座席表...ある。」
「お、ほんとだ。ええと、お!柚の斜め後ろだ。」
「ほんとだね。」
「よし!頑張って友達作ろうな。席着こう。先生きた。」
私、慧と同じ学校で同じクラスで席も斜め...。
どうしよう。嬉しいかもしれない。
今までずっと花が一緒で、花に遠慮してばっかりだった。
でも今は、花もいない。
だから、慧も私をしっかり見てくれるんじゃないか。
そう思ったけど、すぐに取り消した。
そんなことあるわけない。
慧は花が好きで、きっと花も慧が好き。
二人の邪魔を私ができるわけがない。
幼馴染み。
その関係だけで充分じゃないか。ずっと前からそう思ってる。
これ以上慧に近づいたら、自分に欲が出てきそうで怖い。
あと、周りに何を言われるのかも。
「今日はこの後、体育館で入学式。その後にこの教室に戻ってきて、ホームルームだ。おっと、自己紹介忘れてたなぁ。私がこの1年4組の担任を務める、早坂陸だ。3年間よろしくな!」
早坂先生は爽やかで若い。
ホームルームが終わり、入学式の整列まで10分間のトイレ休憩が与えられると、女子の何人かが先生の元に駆け寄っていた。
「坂口柚さん?」
「えっ、はい!」
「俺、隣の席の掛川蒼。よろしくね。」
「う、うん!よろしくね!」
「俺、柚ちゃんの隣でラッキーかも。」
「...え?」
「柚。廊下並ぶ時間だよ。」
「け、慧!うん、今行く。」
「ねぇ君、慧っていうの?俺、柚ちゃんの隣の席の掛川蒼。よろしく!蒼ってよんで!な!」
「あぁ。蒼だな。よろしく。」
「じゃあ、慧と柚ちゃん。三人で仲良くしてこう!じゃあ、廊下並ぶか〜。」
凄い。私に友達ができた。
いい人そうだし。良かった。
そう思いながら、廊下に並んで入学式に臨んだ。
面白くもない校長先生の話を真面目に聞いてるふりをして、あくびを噛み殺して、必死に眠気に耐えた入学式もおわり、教室でホームルームを受けているのだが。
「柚ちゃん、ゆーずーちゃーん!」
隣がうるさい。
「な、なんですか?」
「やっとこっち見た!柚ちゃん、よく見たら可愛い顔してるね!」
「えっ、いや...そんなことないです。」
「ねぇねぇ、机くっつけてもいい?ほら、みんな好きなようにくっつけてる!」
「あ、うん、いいけど。」
「やった!じゃあ、失礼しまーす。」
「ど、どうぞー?」
「あはは!やったやった!」
な、何がそんなに嬉しいんだろう。
この人だって、きっと花を見たら私のことなんて見えなくなっちゃうのに。
でも、私としっかり話してくれる掛川くんは明るくて、嫌いになれなかった。むしろ、好印象だったから、仲良くなれたらいいなって思ってる。
花が同じ場所にいない。
それだけで私の気持ちは、少しだけ前向きになっていて、自分でもびっくりするほどだ。
「よし!これで今日は終わりだ!明日から各教科の説明が始まって明明後日から授業が始まる!みんな、しっかり勉強しろよ!じゃあ、解散!」
「「さよなら〜」」
「柚ちゃん、家どこら辺なの?」
「私、電車通学で、○○駅。」
「え!同じ駅だ!運命だなぁ。」
「う、運命ですか...?」
「うん!じゃあ、一緒にか...「柚!」」
「はい!あ!そうだ。今日は慧と帰るから。」
「柚。今日は、じゃないだろ。これからも、だ。」
「これからも?いいの?」
「当たり前だろ。幼馴染みなんだから。それに、家隣だし、別々に帰ったところで途中から一緒に帰ることになるだろ。」
「う、うん。そうだね。」
「ねぇ!俺も混ぜてよ!」
「え、あぁ。柚がいいなら。」
「柚ちゃん!いい?」
「あ、うん。」
慧と2人きりなんて、会話も、私の心臓ももちそうにない。
だから、掛川くんがいてくれた方が助かる。
「柚...。」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあ、帰るか。」
「よっしゃー!帰るぞー!」
慧、どうしたんだろう。
私なにかしちゃったかな。
もしかして、慧は掛川くんが苦手だった?
だとしたら、私ダメなやつだ。
「柚、行くぞ?」
そう言って慧は、靴を履きながらぼーっとしてた私の手をとって歩き始めた。
「け、慧!」
「いいだろ。これくらい。」
「え?!慧と柚ちゃん付き合ってるの?!言ってくれよ!俺、空気読めないやつじゃん!」
「そんなんじゃねーよ。柚はすぐどっか行くし、すぐ転ぶから。」
「付き合ってないの?!ほんとに?!」
「あぁ。まだ付き合ってない。」
「よかったぁ。じゃあ、俺にもチャンスあるね、柚ちゃん。」
「チャンス?」
「おう!俺がんばるから!」
「ほら、電車きたぞ。」
それからは蒼くんがずっと喋っていて、私がそれに答えたり、笑ったり。
慧は、ずっと黙ってた。
「それでさ、俺の母ちゃんがさー。」
「あははは...ん?」
慧が私のこと見てる。
それに気づいた瞬間、緊張して顔がこわばってしまった。
「慧?」
なんだろう。ちょっと怒ってる?
慧の顔が近づいてくる。
そして、私にしか聞こえないくらい小さな声で言った。
「お前、あんまりその笑顔、安売りすんじゃねぇよ。」
「笑顔...安売り?」
「なになに!慧!どうしたの!」
「いや、何でもないから。蒼、何の話だっけ?」
「え?!あ、うちの母ちゃんがなー。」
なに今の。
心臓がバクバクして顔が熱い。
笑顔の安売り?
もしかして、私の笑顔が可愛くなかったから、注意してくれたのかな。
昔から、うまく笑えないことがコンプレックスだった。
花があまりにも可愛く笑うから。
笑顔の練習、再開しようかな。
それからの私は、慧に言われたことを気にしすぎてうまく笑えてなかったかもしれない。
「慧!柚ちゃん!また明日!」
「じゃーな。」
「ま、また明日!」
掛川くんは、私たちの家がある通りの二本前の通りで曲がっていった。
遂に2人きりになってしまった。
「...っ!」
慧が改札を出てから離れていた手を、繋ぎなおした。
指と指が絡まってる。
これは、恋人繋ぎ?
驚いて慧を見上げると、夕日に照らされて顔が赤くなった慧が優しい笑顔でこっちを見ていた。
「柚。」
「は、はい。」
「柚は俺以外と手つなぐの禁止だから。」
「へっ?」
「だから、禁止。約束破っちゃダメだよ?」
そんな事言われたら、期待してしまう。
慧は花が好きなんでしょう?
なんで私にこんなことしてるの?
そう思ったけれど、それを言葉にすることはこの関係を壊してしまう呪文を唱えてしまうことのような気がして、やめた。
「そろそろ家だ。」
「うん。...あ!」
スッと手が離れた。
前から花が歩いてくる。
コンビニに買い物に行っていたのかな?
花...。
そうか。花が見えたから私の手を離した。
花が見えたから。
やっぱり。慧は花が好きなんだ。
「花...!」
「あ、柚。おかえり。」
そう言って花は家に入っていった。
あれ...。花、慧もいるよ?
「慧?」
ちょっと困ったような顔をした慧が私に言った。
「手を繋いでいたことは、花には秘密な。それから、同じクラスっていうことも。」
「う、うん。」
そうだよね。知られたくないよね。好きな子にそんなこと。
「じゃあ。また明日。」
「うん、また明日ね。」
整理のつかない気持ちのまま、私も家に入った。
慧は花が好き。
じゃあ、花は?慧が好き?
何でさっきは無視したの?
グルグルとそんな想いが頭をめぐり、自分の部屋のベットに倒れ込んだ瞬間、そのまま意識を手放した。
やっとあの圧迫感から開放された。
そう思ったら、全身の力が抜けて...。
「やっ...「おっと!大丈夫?」」
「慧!ご、ごめん、なさい。」
「ん。大丈夫?立てる?満員電車ってあんな感じなんだな。俺立つ位置間違えたわ。」
「ま、真ん中の方大変そうだっ、でしたね。」
「そうなんだよ。俺も今度から柚の場所にいよ。」
「あ、じゃあ、私は違う場所にいる、いますね。」
「・・・。」
「けい、慧くん?」
「柚。」
「はい!」
「お前、昔から俺のこと慧くんって呼んでたか?」
「い、いや...。」
「俺と話す時、敬語だったのか?」
「ち、ちがっ...」
「柚。俺は、柚と幼馴染みだ。昔みたいに慧って呼んで欲しいし、まして敬語なんて使って欲しくない。」
「ご、ごめん。」
「ここじゃ邪魔だね。歩きながら話そう。」
そう言って慧は私の右手をとった。
「け、慧!なんでっ...!」
「嫌?」
「嫌じゃないけど!」
「じゃあいいでしょ。花も悠もいないんだからゆっくり話そ。」
そうだった。
悠はちょっと離れた男子校に進学したんだった。
サッカーが強いとかで、進学先を決めたらしい。
サッカーが好きで好きで仕方がない。悠らしくて微笑ましい。
「柚。俺、柚になにかしたかな。」
「え?」
「俺さ、柚に嫌われてると思ってた。でも、こうやって手をつないでも嫌がらない。しっかり俺と話してくれてる。正直言うと、ちょっと嬉しいかも。」
「嫌いじゃない!私、慧のこと嫌いじゃない!」
「...良かった。」
嫌いなわけない。私は慧が好きなんだから。
「着いたよ、柚。」
「ここが...広いね。」
清潔感のある白で統一された校舎に足を踏み入れた。
チラチラと視線を感じる。
慧は、かっこいいからな。
大多数は女子だけど、男子もこちらを見ているような気がする。
きっと女子の目線を独占する慧に対する興味と嫉妬の目線だ。
でも、慧はいい人だから、すぐに友達ができそうだね。
「柚。今日、一緒に帰ろう。たしか、ホームルームが終わったら帰れるから、迎えに行く。柚は何組だった?」
「私、4組。」
「え!?同じクラスじゃん笑」
「え?!...ほんとだ。」
「迎えに行く手間が省けた。3年間よろしくね。」
「うん、よろしくね。」
この高校はクラス替えがない。
だから、慧とは3年間同じクラスという事になる。
嬉しい。
素直にそう思った。
「何にやにやしてるの?ほら、教室行こ。」
私にやにやしてた?!だめだ。気を引き締めていこう。
パンッ
両手でほっぺを叩いて、それから、慧のあとを追った。
ガラガラ...
入った瞬間に目線が集まる。
みんな、慧を見てる。
そしてそれから、その隣の私を見る。
あ、この感じ。知ってる。
「慧くん。今日も図書館いくの?私も行きたいな。」
「ごめん、今日も柚と一緒だから。」
「柚ちゃん...。なんで柚ちゃんなの?」
「だって柚は...」
「柚ちゃんばっかりずるい!柚ちゃんは慧くんの幼馴染みだけど、柚ちゃんは慧くんにお似合いじゃないよ!」
「お似合いじゃない?」
「慧くんはかっこいいもん!柚ちゃんは、あんまり笑わないし、可愛くないもん!それに!」
「やめろ!俺は柚のこと悪くいうやつは嫌いだ!いくぞ、柚。」
「う、うん...。」
この時に感じた視線だ。
なんで慧の隣にいるのがあなたなの?
そういう目線。
分かってるけど、毎回辛くなる。
「柚、俺の席どこかわかる?」
「あ、ここに座席表...ある。」
「お、ほんとだ。ええと、お!柚の斜め後ろだ。」
「ほんとだね。」
「よし!頑張って友達作ろうな。席着こう。先生きた。」
私、慧と同じ学校で同じクラスで席も斜め...。
どうしよう。嬉しいかもしれない。
今までずっと花が一緒で、花に遠慮してばっかりだった。
でも今は、花もいない。
だから、慧も私をしっかり見てくれるんじゃないか。
そう思ったけど、すぐに取り消した。
そんなことあるわけない。
慧は花が好きで、きっと花も慧が好き。
二人の邪魔を私ができるわけがない。
幼馴染み。
その関係だけで充分じゃないか。ずっと前からそう思ってる。
これ以上慧に近づいたら、自分に欲が出てきそうで怖い。
あと、周りに何を言われるのかも。
「今日はこの後、体育館で入学式。その後にこの教室に戻ってきて、ホームルームだ。おっと、自己紹介忘れてたなぁ。私がこの1年4組の担任を務める、早坂陸だ。3年間よろしくな!」
早坂先生は爽やかで若い。
ホームルームが終わり、入学式の整列まで10分間のトイレ休憩が与えられると、女子の何人かが先生の元に駆け寄っていた。
「坂口柚さん?」
「えっ、はい!」
「俺、隣の席の掛川蒼。よろしくね。」
「う、うん!よろしくね!」
「俺、柚ちゃんの隣でラッキーかも。」
「...え?」
「柚。廊下並ぶ時間だよ。」
「け、慧!うん、今行く。」
「ねぇ君、慧っていうの?俺、柚ちゃんの隣の席の掛川蒼。よろしく!蒼ってよんで!な!」
「あぁ。蒼だな。よろしく。」
「じゃあ、慧と柚ちゃん。三人で仲良くしてこう!じゃあ、廊下並ぶか〜。」
凄い。私に友達ができた。
いい人そうだし。良かった。
そう思いながら、廊下に並んで入学式に臨んだ。
面白くもない校長先生の話を真面目に聞いてるふりをして、あくびを噛み殺して、必死に眠気に耐えた入学式もおわり、教室でホームルームを受けているのだが。
「柚ちゃん、ゆーずーちゃーん!」
隣がうるさい。
「な、なんですか?」
「やっとこっち見た!柚ちゃん、よく見たら可愛い顔してるね!」
「えっ、いや...そんなことないです。」
「ねぇねぇ、机くっつけてもいい?ほら、みんな好きなようにくっつけてる!」
「あ、うん、いいけど。」
「やった!じゃあ、失礼しまーす。」
「ど、どうぞー?」
「あはは!やったやった!」
な、何がそんなに嬉しいんだろう。
この人だって、きっと花を見たら私のことなんて見えなくなっちゃうのに。
でも、私としっかり話してくれる掛川くんは明るくて、嫌いになれなかった。むしろ、好印象だったから、仲良くなれたらいいなって思ってる。
花が同じ場所にいない。
それだけで私の気持ちは、少しだけ前向きになっていて、自分でもびっくりするほどだ。
「よし!これで今日は終わりだ!明日から各教科の説明が始まって明明後日から授業が始まる!みんな、しっかり勉強しろよ!じゃあ、解散!」
「「さよなら〜」」
「柚ちゃん、家どこら辺なの?」
「私、電車通学で、○○駅。」
「え!同じ駅だ!運命だなぁ。」
「う、運命ですか...?」
「うん!じゃあ、一緒にか...「柚!」」
「はい!あ!そうだ。今日は慧と帰るから。」
「柚。今日は、じゃないだろ。これからも、だ。」
「これからも?いいの?」
「当たり前だろ。幼馴染みなんだから。それに、家隣だし、別々に帰ったところで途中から一緒に帰ることになるだろ。」
「う、うん。そうだね。」
「ねぇ!俺も混ぜてよ!」
「え、あぁ。柚がいいなら。」
「柚ちゃん!いい?」
「あ、うん。」
慧と2人きりなんて、会話も、私の心臓ももちそうにない。
だから、掛川くんがいてくれた方が助かる。
「柚...。」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあ、帰るか。」
「よっしゃー!帰るぞー!」
慧、どうしたんだろう。
私なにかしちゃったかな。
もしかして、慧は掛川くんが苦手だった?
だとしたら、私ダメなやつだ。
「柚、行くぞ?」
そう言って慧は、靴を履きながらぼーっとしてた私の手をとって歩き始めた。
「け、慧!」
「いいだろ。これくらい。」
「え?!慧と柚ちゃん付き合ってるの?!言ってくれよ!俺、空気読めないやつじゃん!」
「そんなんじゃねーよ。柚はすぐどっか行くし、すぐ転ぶから。」
「付き合ってないの?!ほんとに?!」
「あぁ。まだ付き合ってない。」
「よかったぁ。じゃあ、俺にもチャンスあるね、柚ちゃん。」
「チャンス?」
「おう!俺がんばるから!」
「ほら、電車きたぞ。」
それからは蒼くんがずっと喋っていて、私がそれに答えたり、笑ったり。
慧は、ずっと黙ってた。
「それでさ、俺の母ちゃんがさー。」
「あははは...ん?」
慧が私のこと見てる。
それに気づいた瞬間、緊張して顔がこわばってしまった。
「慧?」
なんだろう。ちょっと怒ってる?
慧の顔が近づいてくる。
そして、私にしか聞こえないくらい小さな声で言った。
「お前、あんまりその笑顔、安売りすんじゃねぇよ。」
「笑顔...安売り?」
「なになに!慧!どうしたの!」
「いや、何でもないから。蒼、何の話だっけ?」
「え?!あ、うちの母ちゃんがなー。」
なに今の。
心臓がバクバクして顔が熱い。
笑顔の安売り?
もしかして、私の笑顔が可愛くなかったから、注意してくれたのかな。
昔から、うまく笑えないことがコンプレックスだった。
花があまりにも可愛く笑うから。
笑顔の練習、再開しようかな。
それからの私は、慧に言われたことを気にしすぎてうまく笑えてなかったかもしれない。
「慧!柚ちゃん!また明日!」
「じゃーな。」
「ま、また明日!」
掛川くんは、私たちの家がある通りの二本前の通りで曲がっていった。
遂に2人きりになってしまった。
「...っ!」
慧が改札を出てから離れていた手を、繋ぎなおした。
指と指が絡まってる。
これは、恋人繋ぎ?
驚いて慧を見上げると、夕日に照らされて顔が赤くなった慧が優しい笑顔でこっちを見ていた。
「柚。」
「は、はい。」
「柚は俺以外と手つなぐの禁止だから。」
「へっ?」
「だから、禁止。約束破っちゃダメだよ?」
そんな事言われたら、期待してしまう。
慧は花が好きなんでしょう?
なんで私にこんなことしてるの?
そう思ったけれど、それを言葉にすることはこの関係を壊してしまう呪文を唱えてしまうことのような気がして、やめた。
「そろそろ家だ。」
「うん。...あ!」
スッと手が離れた。
前から花が歩いてくる。
コンビニに買い物に行っていたのかな?
花...。
そうか。花が見えたから私の手を離した。
花が見えたから。
やっぱり。慧は花が好きなんだ。
「花...!」
「あ、柚。おかえり。」
そう言って花は家に入っていった。
あれ...。花、慧もいるよ?
「慧?」
ちょっと困ったような顔をした慧が私に言った。
「手を繋いでいたことは、花には秘密な。それから、同じクラスっていうことも。」
「う、うん。」
そうだよね。知られたくないよね。好きな子にそんなこと。
「じゃあ。また明日。」
「うん、また明日ね。」
整理のつかない気持ちのまま、私も家に入った。
慧は花が好き。
じゃあ、花は?慧が好き?
何でさっきは無視したの?
グルグルとそんな想いが頭をめぐり、自分の部屋のベットに倒れ込んだ瞬間、そのまま意識を手放した。