初恋フォルティッシモ

「…いや、俺は…」



今から帰るし。

もう見る気失せたし。


しかし俺がそう言おうと口を開いても、アサヒにはそれが届いていないようで、

俺の手首を掴むと、「楽しんでってね!」なんて、半ば無理矢理にその新入生用の椅子に座らせた。


…マジかよ。


そして一方のアサヒは、演奏側のステージに向かうと、自分の椅子に座って目の前に楽譜を広げる。

その間に、周りから「大丈夫?」とか「完璧?」とか聞かれているらしい声がここに座っていても聞こえてくる。

その周りの問いに、アサヒは「はい!」と自信満々の笑顔。


…ほんとかよ。


そんなことを思いながら俺がそいつをなんとなく眺めていたら、ふいにアサヒと目が合った。

すぐに逸らそうと思ったけど、その前にアサヒが俺に向かって笑顔でぶんぶんと手を振ってくるから…

そいつの勝手な行動によって、周りの視線が一気に俺の方に向けられてしまう。


……恥ず。

俺はお前の保護者かよって。


そう思って、俺が無反応でふっと目を逸らしたら…その時演奏側からまた声が聞こえてきた。



「…麻妃ちゃん」

「はい?」

「誰?あの人。え…もしや、彼氏?」

「!?ちっ…違いますよ!」

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