スローシンクロ 〜恋するカメラ女子〜
「ヒナちゃん」


長かった撮影が終わり機材を片付けていると、後ろから声をかけられた。
一條さんが小道具のソファにもたれて手招きで私を呼んでいる。


「一條さん!お疲れさまでした」

「ちょっとこっちおいで。」


春木さんがまだ現場の監督さんと話し込んでいるのを確認し、立ち上がる。

一條さんは衣装もメイクも撮影時のままだった。ワックスで逆立てられた髪から仄かにフルーツの香りがする。


「疲れたでしょ?リョウの撮影っていつも長くてさ。こっちもヘロヘロ」

「でも一條さん、素敵でした。」


カメラの前に立った彼の、巧みに使い分けられた表情を思い出しながら言う。
改めて役者という仕事の奥深さを感じた。


「でしょ?」


一條さんは白い歯を見せて二カッと笑う。

この人懐っこい笑顔で日本中の女子を虜にしてるのかぁ……。

どうでもいい事をぼんやり考えていると、ふっとため息を吐いて一條さんは切り出した。


「あいつの事、よろしく頼むね。ヒナちゃんも大変だと思うけど」

「え?」

「リョウだよ。マイペース過ぎて付いていけない時もあるかもしれないけどさ」


私たち二人は自然と春木さんに目をやった。
春木さんは少し離れた所で監督さんの言葉に何やら頷いている。


「仲良しなんですね。春木さんと」

「うん。同じ歳だし、この業界に入ったのも大体同じくらいだしね。あいつは駆け出しカメラマンで、俺は小さい劇団の役者で。」


まぁリョウはあっという間に売れたけど、と話す一條さんは昔を懐かしむような優しい目をしていた。
< 17 / 333 >

この作品をシェア

pagetop