スローシンクロ 〜恋するカメラ女子〜
その日も早朝から春木さんと二人で撮影に出かけた。
昨日とはまた違った表情のパリの街に魅せられ、私も張り切って春木さんに着いて歩いた。

今回春木さんはフィルムカメラ一本で撮影しているので、写真の出来映えは現像するまでわからないけれど
満足いく写真が撮れたという手応えは感じているようだ。


荷物を背負って二日間歩き通し、夜にはさすがに少し疲れてきていた。


ジルさんの家に向かう為には、仕事を終えて帰路につく人々と観光客でごった返す大通りを抜けなくてはならない。
加えて歩道の両端には夜店なんかも並んでいる。

そこはまさに人、人、人の波だった。


「うわ、すげぇな。通りの向こうでジルと待ち合わせてるけど、会えるかな?」


春木さんが私を見下ろす。


「ちゃんと着いてこいよ。はぐれんな」

「はい!」


威勢良く返事をして人混みに飛び込んだはいいけれど
そこは想像を遥かに越える混雑ぶりだった。


「わっ…ちょっ……」


一歩進む度に人にぶつかり、真っ直ぐ歩く事さえままならない。
三脚を両手で抱え直し、春木さんの背中を追った。


「待ってくださ……」


春木さんに向かって叫んだ瞬間。
横からどどっと流れ込んできた黒人の集団が、私と春木さんを遮った。

あっ、と思った時には既に春木さんの姿は見えなくなっていた。


「は、春木さん、」


慌てて前に進もうとしても人波にもみくちゃに流されて、一体自分がどっちに進んでいるのかわからない。
周りの人より頭一つ分低いところにいる私は、何だか酸素が薄くて息苦しくなってきた。


「春木さん!」


この声はきっと、春木さんに届かない。
足が疲れて春木さんに追いつけない。
頭の上を飛び交う知らない言語。

めちゃくちゃに押されて、引っ張られて、泣きたいほど心細くなった。


「春木さんっ……!」

「ヒナ!」
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