スローシンクロ 〜恋するカメラ女子〜
背筋に、ぞくりと寒気が走る。


「貴重品は?」

「別で持ってたから無事です。でもあの中には……」


震える声を抑える事が出来なかった。



「春木さんの、カメラが……」



そう言った瞬間、ダン!と大きな音が響き、私とジルさんは同時に身を強張らせた。

春木さんが隣に建っているアパルトマンの壁を拳で叩いていた。


「カメラだけじゃない。今回撮影したフィルムも全部入ってただろ」

「はい……」

「根こそぎ持って行かれたって事だよな?」


私が頷くと、春木さんは小さく舌打ちした。


「何の為にパリまで来たんだって話だよ」


あーもう、とグシャグシャと頭を掻きながら春木さんは顔を上げる。

怒りに満ち溢れた目で睨まれた瞬間、私の胸は刺されたように痛んだ。



「……何やってんだよ!!」



春木さんはもう一度壁を殴って私たちに背を向ける。


「リョウ!!」


ジルさんが慌てて声をかけるが、春木さんは足を止めない。



遠ざかっていく背中を見ながら
目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。
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