世界は案外、君を笑顔にするために必死だったりする。-deadly dull-

逃亡

「おはよう、遊佐さん」

「...おはよう」


月曜日。
私が教室に入ると、坂瀬くんが声をかけてきた。

色が見えない。

その事を知って、私はいつも通り装えなくなっていた。


「聞いた?颯太から」

「...うん」

「そっか。びっくりした?」


ヘラヘラと、まるでサプライズを仕掛けたような軽い言い方。
どうしてこんなに笑っていられるのだろう。

私には、分からない。


「...遊佐さんにそんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけどな。ごめん、こんなこと知らされても、困るよな」

「ううん、違う、違うの。知りたかった。坂瀬くんのこと、ちゃんと知りたかったから」


私がそう言うと、坂瀬くんは嬉しそうに微笑む。

まるで私が傷ついているみたいじゃないか。

傷ついているのは、悩んでいるのは、坂瀬くんの方なのに。

私は、坂瀬くんを助けたいのに。

助ける、べきなのに。

そう思って視線を下に向けると、坂瀬くんの鞄についたうさぎのマスコットが目に入った。

笑顔の黄色いうさぎ。
その笑顔がもし、無理して作られているものだとしたら。


「あ、遊佐さんもちゃんとつけてきたんだな、うさぎ」

「えっ?あ、うん」


グルグルと考え込んでいたのに、坂瀬くんがそう言って私のうさぎのマスコットを手にとるから、私の思考はそちらに向いた。


「うん、可愛いよね、このうさぎ。遊佐さんのうさぎは、遊佐さんに似てる」


坂瀬くんはそう言って私のうさぎを指で優しく撫でた。

自分がされているわけでもないのに、くすぐったい。


「俺もこのうさぎに似てる?」


坂瀬くんは鞄を持ち上げ、自分のうさぎを自分の顔の横に並べて笑ってみせた。


「似てるといいなぁ。俺、四人でいる時間は楽しいからいつも笑ってる気がする。俺にこのうさぎをくれたってことはさ、白河さんにも楽しんでるのが伝わってるんだよな」


坂瀬くんはそう言って笑って、自分のうさぎを見つめる。


「ねぇ、遊佐さんにも俺、こんな風に笑ってるように映ってる?」


私に視線を映して、私を見つめる坂瀬くん。

無理して笑っている訳じゃない?
本当に、笑ってくれてるの?

だとしたら、すごく嬉しい。


「...うん。似てるよ。このうさぎみたいに、坂瀬くんはいつも笑顔だよね」


私がそう言うと、坂瀬くんは「よかった!」と笑った。

その笑顔は本当なのか、と私は坂瀬くんの表情をもう一度よく見てしまう。
でも、答えは分からないままだった。
坂瀬くんの笑顔は、自然だ。
それが慣れたからなのか、本当に笑っているからなのか。
私には、どうしても分からなかった。
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