世界は案外、君を笑顔にするために必死だったりする。-deadly dull-
聞きなれたその声は、坂瀬くんのものだった。

眠そうに欠伸をして、ひらひらと手を振って、ふにゃっと笑った。


「今日、早いんだね」

「あー...うん」


あまり、話しちゃいけない。
坂瀬くんは、無理をしているから。
私と話を合わせるために。
あの薄笑いは、きっとそういうことだ。
無理して、周りに合わせている合図だ。


「あ、読み終わったの?」


坂瀬くんは自分の席に置いてある本を見て、微笑んだ。


「...うん」

「どう、だった?」

「面白かったよ」


私が一言、こんな簡単な言葉だけで返したことはなかったから、坂瀬くんは少し驚いたような表情をした。


「...また、持ってくるよ。遊佐さんがもっと、楽しんでくれるような本」


私の感想を聞いて、私がその本に興味がなかったと思ったのだろう。
坂瀬くんは、困ったように笑って、そう返してきた。

そうじゃない、そうじゃないよ。

面白かった

その言葉の中に、全てを込めた。
あの場面が好きだった。
あの言葉が心に残った。
あの人の行動が印象に残った。

でも、今はその言葉は言えない。


「もう、いいよ」

また、持ってきて。


「もう私、坂瀬くんの本読まないから」

私、もっと坂瀬くんの本読みたい。


「だからもう、やめよ。貸し合うのとかさ」

これからも続けよう。すごく、楽しいから。


「もう、私と話してくれなくていいよ」

これからもたくさん、話そう。


真逆の言葉を紡いで、坂瀬くんと目を合わすことが出来なくなった。
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